定期通信 第25号

定期通信第25号は、当法人の理事長である小沼博隆先生による書下ろしです。
寒い時期の感染症、食中毒として問題の多いノロウイルスについて詳しい解説を掲載しています。是非ご覧ください。

ノロウイルスとトイレの衛生
小沼 博隆 (特定非営利活動法人 食の安全を確保するための微生物検査協議会 理事長)


秋から冬にかけてはノロウイルスによる食中毒や感染症が流行するシーズンです。トイレがノロウイルスの汚染を受け、調理従事者(手指・靴・衣服)を介して食品が汚染されて食中毒を起こす例も少なくありません。したがって、給食施設や飲食店・居酒屋・その他では、食品を提供する側として必要な衛生管理の中に「トイレの衛生」も含まれることをしっかりと認識する必要があります。

ノロウイルスや食中毒細菌などに汚染されている可能性が高いトイレは、いたるところに危険がいっぱいです。特に、糞口感染(ヒトの糞便が直接・間接的に他のヒトの口に入り感染すること)と言われるノロウイルスの感染症・食中毒を未然に防止するには、トイレの徹底した衛生管理が必要不可欠です。

そこで今回は、トイレの設置の仕方、換気扇の使い方、清掃や消毒方法ならびに衛生的に使用するための注意点など、トイレの衛生管理について詳しく解説していきます。

1. トイレはあらゆるところが汚染源

トイレの床や便器・便座・水洗レバーはもとより、

  • トイレ専用履物
  • スノコ
  • ドアノブと鍵
  • トイレットペーパーとペーパーカバー
  • アトマイザーの容器とトリガー部分
  • 水道カラン
  • 換気扇とスイッチ類
  • うんちく標語集などなど、

トイレを使用する際、ヒトはさまざまな箇所に触れています。したがって、あるヒトがノロウイルスを便器や水洗レバーに付着させた場合、次に使用するヒトにも付着させてしまいます。さらに、ドアノブに触れた際に微生物を付着させると次にドアノブに触ったヒトにも付着します。また、水を流す際に触れるレバーも同様に汚染されています。用を済ませて石鹸で手を洗っても汚れの洗い残しがある状態でカランを触れればカランが汚染され、さらにドアノブを触れば結局いつまでもドアノブは汚れたままです。

たとえば、サルモネラ属菌の調査では、便器と同様なタイルに糞便とサルモネラ属菌を混ぜて一緒に付着させると長期間(2年以上;なぜ、2年以上かと言うと検体が無くなった)生残することがわかっています。極論すれば、皆さんが触れる共用部分はすべて糞便から由来する病原微生物やほこりなどに汚染され、微生物は長期間生残しているとご理解ください。

2. 拭き取り検体からのノロウイルス検出状況

ノロウイルスが何処から検出されるかについてトイレ内のいくつかの場所を拭き取った調査によると、便座の50%で最も多く、次いで便器の30%、ドアノブの30%、水道カランの17%の順でした。

なかでもウイルス量(copy数;個数と考えてもよい)が最も多かった場所は、便座で4,200copy、その他のトイレ関連の場所からは数百copyのノロウイルスが検出されました。

3. 調理従事者が汚染源

ノロウイルスに感染すると、糞便や嘔吐物のなかに大量のウイルスが排出されます。発症者においては、糞便1g当たり10億個以上で、嘔吐物には1g当たり100万個程度のウイルスが排出されます。

一方、ノロウイルスに感染していても症状が出ない「不顕性感染者=健康ノロウイルス保有者」のヒトが大勢います。ちなみにノロウイルス感染者が増える冬場は、100名当たり10~15名くらいの健康ノロウイルス保有者がいると言われています。不顕性感染者でも、発症者と同程度の大量のウイルスを糞便中に排出する場合があります。したがって、調理従事者がノロウイルスに感染していてもまったく気づかないで、直接あるいは調理器具等を介して間接的に食品を汚染させてしまう事例が少なくないのです。

手指はさまざまなものに触れる部分です。用便後にトイレットペーパーで拭き取る際にペーパーを通過して病原微生物が手指に付着することが考えられます。用便後、お尻を拭く際、約6kgの圧力で肛門を押し付ける実験を行ったところ、健康便の場合は、12枚重ねであれば3秒間は指に糞便が到達しませんでした。しかし、下痢便では瞬時に手指に到達してしまいました。

したがって、下痢便や軟便のヒトは、用便後にトイレットペーパーで拭き取る際にペーパーを通過して手指に便が付着する可能性があることを強く意識して、トイレの個室から出る際にはトイレットペーパーを使い鍵の部分やドアノブに直接指で触れないようにし、個室から出てきたらそのペーパーで水道カランを開けてからペーパーをゴミ箱に捨て、そのうえで流水と洗剤を用いて十分に手洗いするよいでしょう。この用便後のトイレットペーパーの使用は米国CDC(アメリカ疾病予防管理センター)で以前から推奨されています。

4. トイレの設置と使用法

飲食店などのトイレは不特定多数の人々が使用します。そのなかにはノロウイルスに不顕性感染しているヒトや発症して下痢・嘔吐などの症状を示すヒトもいます。これらのヒトが原因で調理施設や飲食物を提供する場がノロウイルスに汚染され、食中毒を起こす危険性があります。 それらへの対策としては、

  1. 従業員とお客さまが使用するトイレは分けることが得策です。
  2. 手洗い場所はトイレ用と調理場入口用と分けて設置し、調理場へのウイルスの持ち込みを極力少なくさせることが重要です。

5. トイレへの換気扇の設置

トイレには臭いや病原微生物を充満させないため、換気扇の設置が必要です。しかしながら、換気扇のサイズやパワーが小さいと空気の流れが弱かったり、冬の時期には寒いからと換気扇を止めていたりして、せっかくの換気扇の効果が発揮できず、汚染物質が室内に充満してしまいます。

換気扇を止めたトイレで用を足して、勢いよく便を流したり、お尻洗浄機で勢いよく洗浄したりした場合を想定した実験が行われました。トイレ内外の各所に寒天平板培地を設置して細菌の飛び散り具合を測定したところ、個室内はもとより廊下に置いた寒天平板培地からも大腸菌が検出され、なんと個室から7mも隔てた場所からも大腸菌が検出されました。

この結果から明らかになったことは、個室の中からヒトが退出すると個室に充満した糞便の微粒子がヒトの身体にまとわりつきながら、およそ7mにもわたり廊下を汚染させたということです。 この汚染を防ぐための対策としては、

  1. 換気扇はできるだけサイズが大きめのものを設置しましょう。
  2. 換気扇の吸・排気口は外気と直結にします。さらに、吸気口は下部に設置し、排気口は上部に設置して空気の流れを常に保つことが重要です。
  3. 換気扇にはほこりやごみだけでなく病原微生物も付着しているので、換気扇の清掃は定期的(使用頻度にもよるが月に1回以上が望ましい)に行いましょう。

などが考えられます。

6. トイレの清掃・消毒

トイレの清掃は、業務開始前・業務中および業務終了後など定期的に行います。次亜塩素酸ナトリウムなどによる消毒剤を用いて便器、便座や床はもちろん、ドアノブ、手すり、水道カランなどを消毒します。清掃・消毒の手順はあらかじめよく検討し、手順書として定めておく必要があります。そして、清掃・消毒を実施した時刻、清掃担当者の署名、点検項目ならびに管理責任者の署名(責任者のチェックは必ず1週間以内に行いサインをすること)などを記入できる「清掃チェックシート」を準備し、清掃担当者が点検、記録をするとよいでしょう。

ただし、調理従事者が業務中に清掃を行うのは避けてください。なぜなら、清掃に伴って調理従事者が汚染され、再び業務に就くことで自身が施設内の汚染源となってはならないからです。それらの対策としては、

  1. 作業着のままでトイレを使用しないこと。必ず前室あるいは廊下などで作業着を脱いでから、トイレ専用サンダルに履き替えて使用するようにしましょう。
  2. 前述のとおり、用便後の手指には病原微生物が付着している危険性があります。したがって、用便後はかならず十分に手を洗ってください。
  3. そして、調理場に入る前にもう一度手を洗うようにしましょう。

7.まとめ

見た目にはきれいなトイレであっても予想以上に換気扇、床、水洗レバーやドアノブ、水道カランなどが病原微生物に汚染されてしまうことがお分かりいただけたかと思います。トイレは、多くの人が必ず使用するため、トイレを介しての食中毒や感染症は避けられないことかもしれません。特に、ノロウイルスは糞口感染(糞便が直接・間接的にヒトの口に入り感染する)するので、トイレの衛生管理と手洗いは極めて重要です。

したがって、日頃からトイレを使用する際に発生しうる汚染状況を理解して、トイレの衛生管理を見直し、いかにして汚染を減らすかを考えて実践することで、食中毒・感染症の発生を未然に防ぐ一助にして行きましょう。

(更新:2015.2.10)

» このページのTOPへ