定期通信 第42号

定期通信第42号は、2019年5月29日に中央区立日本橋公会堂で開催されました「2019年度講演会」の聴講録です。抄録とスライドハンドアウトが掲載されている、会誌「食の安全と微生物検査」第9巻第1号とあわせてご覧ください。

講演1 :
食の安全を守る保存料、日持向上剤の役割 ~種々の要因や制御手法との組合せを含めた事例など~ (小堺 博 先生)

講演2 :
中食惣菜における「日持ち」と「おいしさ」の両立 ~ハードル理論の活用~(小磯 博昭 先生)

講演1
食の安全を守る保存料、日持向上剤の役割
 ~種々の要因や制御手法との組合せを含めた事例など~
小堺 博 / 株式会社 ウエノフードテクノ 事業企画室

食品の品質と安全を守るために微生物管理は必須なものであり、その重要度は益々高まっている。食品を内側から支える食品添加物と、食品を外から守る製造環境の組み合わせが重要と考える。そもそも食品添加物とは、食品を安全かつ安定して消費者に届けるために、また豊かな食生活をおくるために必要なもので、食品の製造の過程において又は食品の加工若しくは保存の目的で、食品に添加、混和、浸潤その他の方法によって使用するもの、と食品衛生法によって定義されている。

食品添加物は原則として厚生労働省により使用して良いものが決められており、有効性が認められているもの、安全性が科学的に確認されているもの、実際の使用実態が調べられているもの、食品によって使ってよい量・品質などが決められている。日持ち延長効果を有する添加物は以下のようなグループに分けられる。

  • 保存料(静菌効果):ソルビン酸、しらこたん白、安息香酸、プロピオン酸、ナイシン、他
  • 日持向上剤(静菌効果):グリシン、酢酸Na、リゾチーム、V.B1、グリセリン脂肪酸エステル、他 
  • pH調整剤(pHの低下あるいは上昇効果):フマル酸、クエン酸、グルコン酸、酢酸Na、他
  • 酸化防止剤(酸化防止効果):ビタミンC、ビタミンE、亜硫酸Na、フェルラ酸、油性カンゾウ、他 
  • アルコール(エタノール)製剤(エタノール+添加物):エタノール、乳酸(Na)、クエン酸(Na)、グリセリン脂肪酸エステル、他

日持ち(静菌)効果をもつ添加物の特性としては、酸性ほど有効なものが多く、しらこたん白はアルカリ領域でも有効である。全ての微生物特性に有効な成分は少なく、複数の添加物やその他の方法を組み合わせて効果を補強することが必要である。 添加物の作用機構については以下のようなものがある。

しらこたん白は強いプラスチャージのペプチドであることから、マイナスチャージの細胞表面に吸着し、細胞壁に穴を空け、内容物が流出し、細菌が溶解する。

グリシンはグラム陽性菌でのペプチドグリカン合成時に、グリシンがアラニンと間違えて取り込まれることで細胞壁の合成が阻害される。 酢酸などの有機酸は非解離分子が細胞内に侵入し、pHを低下させる。非解離分子が多いと静菌効果が高いといえる。

食品衛生においては様々な微生物の制御方法(殺菌・除菌、温度管理、ガス置換、pHの調整、水分活性など)がある。例えば、ソルビン酸は初発菌数が多いと静菌できない。和菓子などでは、糖度を調整する還元水飴+アルコール製剤+しらこたん白製剤を組み合わせることで、保存日数を長くすることが出来る。ハンバーグでは日持向上剤と高度ガス置換包装を併用することで保存期間が長くても生菌数の増加があまりみられない。また成分の併用とその濃度を変化させることによって保存期間をより長くすることのできる事例もある。

食品添加物はあくまで脇役であり、添加するからといって初発菌数が多くては制御できないのである。つまり、根本的な製造環境の衛生化から始まり、加工する段階こそが重要で、そこで初めて添加物の役割が発揮されることとなる。幾重にも制御方法を組み合わせることが未然に食中毒を防ぐことにつながるのである。

(更新:2019.7.6)

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講演2
中食惣菜における「日持ち」と「おいしさ」の両立 ~ハードル理論の活用~
小磯 博昭 (三栄源エフ・エフ・アイ 株式会社 第一事業部食品保存技術研究室)

中食惣菜を製造する際に微生物制御に用いられる食品添加物として、保存料、日持向上剤、水素イオン濃度調整剤(pH調整剤)があり、さまざまな物質が利用されている。添加物だけではなく、複数の制御方法を組み合わせて微生物をコントロールすることで、品質とおいしさの保持が可能となる。

食品の保存性向上に最も多く使用される物質のひとつに、有機酸類がある。有機酸が効果を発するメカニズムとして、
①有機酸のpH低下作用
②有機酸の非解離分子が微生物の細胞内に透過しやすいことに基づく抗菌作用、
③それぞれの有機酸の持つ固有の抗菌作用、
の3つが基本となる。これらの要因の総合的な働きにより有機酸の抗菌力が決まる。

Lactobacillus caseiに対する酪酸、乳酸、クエン酸の静菌効果は、pHにより抑制効果の強さが変化し、pH 5ではクエン酸の効果が若干高いのに対し、pH 4では酢酸、乳酸の効果が高まり、クエン酸はpH 5と同様である。また、クエン酸Naは、キレート効果により腐敗の原因となるある特定のBacillus属の芽胞の耐熱性を低下させる。

B. cereusに対しては他の有機酸に比べアスコルビン酸Naの加熱殺菌補助効果が高い。以上の例のように、有機酸類は対象となる食品の種類、製造方法、保存条件を考慮して使用する有機酸を選択する必要がある。

有機酸の他に優れた抗菌力を示す物質に、リゾチームがある。リゾチームは細胞壁を加水分解する酵素で、ペプチドグリカンを分解することで微生物の活動を抑制する。しかし、効果は限定的で、Bacillus属やMicrococcus属には効果が高いが、グラム陰性菌では外膜によりペプチドグリカンまで作用することができず、効果を発揮できない。

しかし、加熱変性したリゾチームは、疎水性の塩基性アミノ酸が表面に現れ、微生物の細胞膜に吸着することで膜の機能を阻害するとの報告もある。グラム陰性菌へは、キレート剤で外膜を取り除くと効果を発揮することなどから、他の物質との組み合わせによりリゾチームの用途はさらに広がると考えられる。

前述の食品添加物の他に、近年は消費者がナチュラルで新鮮感覚な食品を求める傾向が高まっているため、バイオプリザバティブを効果的に活用しようとする食品保存技術(バイオプリザベーション)が提案されている。バイオプリザバティブとは「人々が長年にわたり食品として、あるいは食品とともに、何らの害作用もなしに食べてきた植物、動物、あるいは微生物起源の抗菌性物質」のことで、酢酸や乳酸などの有機酸類、エタノール、卵白リゾチーム、バクテリオシンがある。

乳酸菌が生成するバイオプリザバティブを例にすると、有機酸(乳酸)、バクテリオシン、二酸化炭素、過酸化水素等などである。バクテリオシンとして多く使われている物質の一つにナイアシンがある。2009年に新規添加物として認可されたナイシンは、Lactobacillus lactis subsp. lactisの培養液から得られた抗菌性ポリペプチドと塩化ナトリウムとの混合物である。ナイシン分子がLipidⅡを介して細胞膜に穴を開け、細胞内物質の漏洩により微生物の活動を止めるが、リゾチームと同様にグラム陰性菌に対して効果がない。

このように、保存料や日持向上剤は、微生物の細胞のどの部分を攻撃するのかを理解することが重要である。それを理解することにより、物質の組合せを工夫できるようになり、効果を上げることができる。使用例として、酢酸ナトリウムとグリシンの併用は、グリシン単体の使用と同様の微生物抑制効果があるが、酢酸ナトリウムが安価なため、併用することにより生産コストを下げることができる。アスコルビン酸Naはクエン酸Naを併用すると殺菌効果を上げることができる場合がある。

当社では、ショ糖脂肪酸エステルとクエン酸Na・アスコルビン酸Na製剤の併用による芽胞菌への殺菌効果や、リゾチームと特定のデキストリンの併用による静菌効果を上げるなどの特許技術を持つ。リゾチームにショ糖脂肪酸エステルを併用することでリゾチームの抗菌スペクトルが広がり耐熱性が高くなる特許技術は、酢酸ナトリウム・グリシン製剤に配合し製品化している。

従来の製剤と比べ、添加量を削減するとともに風味への影響を低減することができ、さらに、ハードルテクノロジー(食品中の微生物制御方法をハードルに例え、複数のハードルを組み合わせることで最終的に生存する微生物を低減、抑制する技術)を活用してこの製品と組み合わせると、安全の範囲を拡大することができる。

食品の保存性向上は、静菌剤の効果だけでなく、食品のpH、水分活性、保存温度も総合的に活用することで可能となる。ハードルテクノロジーを活用して様々な製品が製造されている。ロングライフパウチ惣菜は、加熱殺菌とチルド保存を併用し、さらにpH、静菌剤の条件を追加している。常温で長期保存するタレなどの調味料製品は、pH、水分活性を組み合わせることで安全性を担保しているが、そこに静菌剤を加えることでpH、水分活性の条件を緩和できる。このような組合せの効果を明確にする研究には予測微生物学が有効である。

予測微生物学は、食品中での微生物の増殖、死滅などの挙動を、数学モデルを用いて予測しようとする研究で、食品の製造から流通、消費に至る全過程で、有害微生物の挙動を定量的に解析、予測することによって、食品の微生物学的安全性を確保することに活用されている。数学モデルを用い、販売あるいは喫食前の食品中の有害微生物の菌数を推測することができ、食品に対する微生物学的リスク評価にも流用できる。

当社では、環境要因や増殖速度と誘導期の測定、さらにComBase(英国食品研究所、米国農務省農業研究センター、豪州タスマニア大学食品安全センターの3機関が運用する微生物データベース)を参考とし、簡単な数式で腐敗時間を予測する方法を開発した。この方法であれば、自ら実施した実験データを使い、個々の食品に適した計算が可能となる。これにより商品の日持ち期間設定に要する時間を短縮し、幅広く新しいメニューの開発が行える。

加工食品の流通量は飛躍的に増え、お弁当や総菜が24時間手に入る現代において、食品保存の重要性はますます増大していく。当社は、食品を安全に消費者の口まで届けるために、保存料、日持ち向上剤を開発し、食中毒防止のために日々研究し続けている。

(更新:2019.7.6)

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