定期通信 第23号

定期通信第23号は、弊協議会理事の吉田信一郎先生による書下ろしです。是非ご覧ください。

小さな事故を見逃すな!!
吉田 信一郎
一般財団法人日本食品分析センター 微生物部 部長、NPO法人食の安全を確保するための微生物検査協議会 理事


昨年、平成25年は20,802人、遡ること20年前の平成4年は25,702人。これらの数値は、わが国の食中毒統計にあがってきたそれぞれの年の食中毒患者数である。20年前と比較すれば食品工場の製造環境は格段に整備され、さらにはコールドチェーンの確立など、食品メーカーの多大なる努力にもかかわらず、不思議なくらい患者数が減少していないことが分かる。Ready-to-Eat食品の増加、生食嗜好の増大という消費者側の問題もあるが、何か問題が起こればメーカー側に大きな負担がかかってくるのが現実である。

社会的にも大きな問題となる食中毒事件の発生の前には、メーカー側で何か小さな事故あるいは小さな変化が起きているはずだ。それを見逃さずに何らかの対応を行うことで大きな食中毒事件を未然に防ぐことができるかもしれない。

今回の定期通信では、微生物による食品の変質(腐敗・変敗)をテーマに話を進め、小さな事故(腐敗・変敗)の先に待ち受けているかもしれない大きな事件(食中毒)を防ぐための手掛かりとしたいと考えている。小さな事故の原因を究明し、汚染源を解明する作業をしっかり積み重ねることで食中毒事件の発生を未然に防ぐことができると筆者は考える。一度事件を起こしてしまうと大きな経済的損失を被るとともに、信頼の回復は並大抵ではない。

以下に、大きな事件が発生する前には必ず起きていると思われる微生物による食品の腐敗・変敗と汚染源の解明について解説する。

1. 食品の変敗に関わる微生物とは?

“微生物”の定義に確たるものがあるわけではないが、一般に「顕微鏡を用いなければ観察することができない大きさの生物を“微生物”と呼ぶ」くらいが妥当な線であろう。それでは食品の変敗に関わる微生物とは何か。基本的には、“細菌”、“カビ”および“酵母”がそれに該当する。食中毒の観点からは“ウイルス”も重要であるが、ウイルスは生きた細胞の中でしか増殖することができず、食品の変敗には一切関与することはないので、ここでは対象とはしない。これらの微生物の生物的な相違を表1に示した。

さて、我々の敵である微生物が生育するためには、必要な条件が5つある。それは、①酸素、②温度、③栄養分、④pH、⑤水分であり、この5つの条件すべてがそろわなければ微生物は生育することができないのである。言い方を変えれば、微生物の生育による食品の変敗を防ぐには、どれか1つの条件を無くしてやればよいことになる。ただし、多くの場合は複数の条件を組み合わせて製品における微生物の生育を制御しているはずである。自社の製品がどの条件の組み合わせで微生物を制御しているかを理解しておくことは、異常が発生したときの原因を考慮するうえでとても重要なことから、必ず理解しておくことが求められる。

1-1. 酸素条件

微生物の酸素に対する応答は多様で、①(偏性)好気性菌、②微好気性菌、③通性嫌気性菌および④(偏性)嫌気性菌の4つに分けられる。

好気性菌とは、酸素存在下でのみ生育が可能な微生物で、代表的なものとしてシュードモナス(Pseudomonas )属の細菌や多くのカビが含まれている。なお、微生物は分子状酸素(空気中の酸素)だけでなく、水の中に存在する酸素(溶存酸素)をも利用することができるので、擬人的にのみ考えるのは危険である。

微好気性菌とは、酸素濃度が5~10%程度に制限された条件でのみ生育できる微生物群であり、代表的な菌として食中毒起因菌であるカンピロバクター(Campylobacter )が知られている。

通性嫌気性菌とは、酸素の存在の有無に関わらず生育できる微生物の一群で、腸内細菌(大腸菌やサルモネラなどが含まれる)、ブドウ球菌、乳酸菌などが含まれている。食中毒菌の多くもこの菌群に含まれている。我々にとっての敵の多くが、酸素があろうが無かろうが生育できるので、非常にたちが悪いといえる。また、ほとんどの酵母もここに含まれる。なお、酸素がなくても生育できる菌群ではあるが、酸素存在下のほうが生育スピードは圧倒的に速い。

嫌気性菌とは、酸素非存在下でのみ生育可能な微生物で、ウェルシュ菌やボツリヌス菌に代表されるクロストリジウム(Clostridium )属の細菌はその代表である。

1-2. 温度条件

氷点下から100℃以上の超高温まで、微生物は地球上の広範囲の温度帯に存在している。ただし、食品の変敗に関わる微生物としては、0℃から50℃の中温域で生育する微生物が主体となる。

1-3. 栄養条件

一般に、乳酸菌は炭水化物を分解し、腸内細菌はタンパク質を分解するなど、それぞれの微生物によって好みの栄養源は異なる。自社製品(食品)の成分から、どんな微生物が生育する可能性があるかは必ず把握しておくべきである。

1-4. pH条件

食中毒を引き起こす細菌のほとんどは中性付近が最適な条件となっているが、果汁飲料などpHが4以下の食品に特異的に増殖する細菌(耐熱性好酸性芽胞菌:Thermo-Acidophilic Bacilli;TAB)も存在する。また、食品ではないが洗剤や石鹸などの高アルカリ性の条件下でのみ生育する細菌もある。

1-5. 水分条件

微生物の生育に関する水分を考える上では、“水分活性”が重要な指標となる。水分活性は微生物が自由に使える水の存在を示す値であり、0~1までの数値で表される。すべての水が利用可能となる純水の水分活性が“1”である。細菌の多くは水分活性0.9以上でなければ生育できない。一方、カビの中には非常に低い水分活性(0.6程度)でも生育可能なものもある。ちなみに、ソーセージの水分活性が0.9程度、ジャムが0.75~0.80、ドライフルーツが0.60~0.70である。

表1:各種微生物の相違

2. 微生物による食品の各種変敗

微生物が関与する食品の変敗としては、膨張、変色、酸敗、異臭、濁りなどがある。これらの変敗は製造、流通、販売、消費者のいずれかの段階で発見されるものであるが、単に見かけの現象であり、個々の変敗と微生物とが1対1で対応するものではない。ガスを産生する乳酸菌が増殖したとしても容器や包装が密閉されたものでなければ膨張としての現象は現れない。この場合は、喫食時に酸敗として認識されることになる。

ここでは、代表的な食品の変敗の種類と関与する微生物について解説する。

2-1. 膨張

微生物が食品中で増殖し、その結果として膨張が生ずるためには、当然その微生物にガス産生能がなければならない。食品に膨張をもたらす主な微生物とその特徴を表2に示した。産生されるガスの種類とその量比に注目していただきたい。乳酸菌や酵母では産生されるガスは二酸化炭素のみで、その他の微生物では水素も検出される。また、二酸化炭素と水素の量比も微生物群によって異なっているのである。したがって、膨張品の内部のガス組成を分析することにより、ある程度関与している微生物を推定できるのである。

表2には微生物以外の膨張の事例として褐変現象(メイラード反応)も記載しておいた。メイラード反応はアミノ-カルボニル反応とも呼ばれ、その名の通りアミノ基とカルボニル基が共存する場合に起こるものである。本反応はまだ完全には解明されていないが、その反応過程で二酸化炭素が生成されることが分かっている。我々は、粉末の食品が夏場に倉庫内に保管されたことによる褐変と二酸化炭素の発生によるわずかな膨張を経験している。

表2:膨張をもたらす微生物

2-2. 変色

微生物による変色には大きく2つのパターンがある。1つは微生物が産生する色素による変色で、もう1つは微生物の代謝産物が食品と反応する場合である。

微生物の中には、非水溶性の色素を産生するものや、水溶性の色素を産生するものがある。非水溶性の色素を産生する微生物が食品の表面に生育した場合、スポットの変色として認識されることが多い。一方、水溶性の色素が産生された場合は、滲んだように変色が広がることが多い。また、水溶性色素の中には蛍光を発する場合もあり、紫外線ランプを当てると緑色に光ることがある。蛍光色素を産生する微生物としてはシュードモナス属の細菌がよく知られている(Pseudomonas aeruginosa, P.fluorescens, P.putida など)。

2-3. 酸敗

このタイプの食品の変敗は見た目では分からないことが多い。本来の臭いとは異なる酸敗臭(いわゆる酸っぱい臭い)を感知できれば分かるかも知れない。しかし、多くの場合は飲んだり食べたりして初めて異常を察知できるものである。

缶入りのホットコーヒーやお汁粉などのフラットサワー変敗はこの代表である。缶には見た目に何の異常も認められない(膨らんでいない、すなわちフラットなままの缶)が、飲んでみると酸っぱい味がする(サワーになっている)変敗である。高温性の芽胞菌が主たる原因菌となる(Geobacillus stearothermophilusBacillus coagulans など)。

また、乳酸菌はその名の通り大量の乳酸を産生する微生物であり、これが増殖すれば食品のpHは低下し、酸敗として認識されることになる。

2-4. 異臭

微生物も生き物。したがって、食べたら排泄もする。この排泄物を代謝産物と呼び、代謝産物のうち揮発性で特有の臭気を持つものが異臭として認識されるのである。一般にタンパク質の代謝産物としては、アンモニアやアミンが産生されるため、いわゆる腐敗臭や糞便臭として捉えられる。炭水化物の代謝産物としては有機酸があげられる。有機酸が存在すれば、先にも述べた酸敗臭となる。また、酵母が増殖した場合には、アルコール臭やシンナー臭などのクレームとなることが多い。

飲料(特に果汁を含む飲料)では、耐熱性好酸性芽胞菌の増殖に伴って産生されたグアイヤコールによる薬品臭が問題となる。わが国では当初透明リンゴ果汁から分離されて話題となったが、今では多くの輸入果汁に本菌が存在していることが判明しており、飲料メーカーの悩みの種となっている。

その他、過去には生八つ橋の変敗によるスチレン臭が問題になったこともある。このときの原因微生物は酵母であった。

2-5. 原因究明に当たっての注意点

ここでは検査を行なうまでの4つの注意事項について述べる。

①なるべく早く試験に供する。②常温保管は厳禁。③冷凍保存は可能な限り避ける。④試験まではチルド保管または冷蔵保管する。

食品の変敗が官能的に分かるということは、すでにその食品中で原因微生物は最大限まで増殖しており、後は死滅していくばかりの状況になっている。したがって①に示したように原因菌が死滅する前に分離することが必要である。②の理由は、すでに死滅期にある原因菌に代わり、他の微生物が増殖してくることを防ぐためである。③は意外かもしれないが、冷凍すると死滅する微生物が多いことによる。そして④に示したように、ベストの保管条件はチルド保管であるが、現実には難しいことも多いので、ベターの保管条件として冷蔵保管が推奨される。

3. 汚染源の解明

微生物がどこから混入したか、すなわち汚染源の解明は、食品メーカーにとっては最も重要な関心事の一つであり、製造の再開には不可欠な情報となる。かつては製品から検出された微生物、原料や各種生産ラインなどから検出された微生物を同定し、製品からの菌と同じ菌が存在するかを調べることが汚染源解明の手法であった。

しかし、同定には時間がかかること、菌種名が同じであったからといって必ずしも同じ菌株とは限らないこともあるため、迅速かつ正確な汚染源の解明に至らないこともあった。たとえば、製品からBacillus subtilis (枯草菌;土壌や空気中に存在している)が検出されたとしよう。ところが原料A、原料B、原料C、ラインの拭き取り、作業員の手指などについて微生物検査を行ったところ、そのいずれからもB.subtilis が検出された場合、どのB.subtilis が最終製品に混入したのかは同定だけでは分からないことになる。

そこで登場したのが遺伝子を用いた菌株のタイピングである。これにより、検出されたB.subtilis の個体識別が可能となった。遺伝子を用いたタイピングは別名遺伝子のフィンガープリント(指紋)とも呼ばれ、まさしく犯罪捜査での指紋照合と同様に、最終製品にまで混入したB.subtilis を特定することができるのだ。

この個体識別のための手法の1つとして利用されるタイピング(核型解析)の原理を図1に示した。図1のDNAで赤く太くなっている部分はリボソーム遺伝子をコードする部位で、続く電気泳動により検出しているのはこのリボソーム遺伝子を一部でも含む断片である。そのため、この解析手法は正確にはリボタイピングと呼ぶ。

実際の解析例を図2に示した。図2には8菌株のデータが記載されているが、一見して上の3菌株の泳動パターンが一致していることが分かるであろう。実はこの8菌株はすべてE.coli (大腸菌)である。一番上が製品から検出された大腸菌であるが、これと一致する2株の大腸菌が製品と同じ由来(同じ個体)であることが分かる。この2株の大腸菌が何から分離されたかを調べれば、まさしくそれが汚染源であると判明することになる。

菌株のタイピング(個体識別)にはこのほかにPFGE(パルスフィールドゲル電気泳動;Pulse Field Gel Electrophoresis)やMLST(Multi-locus Sequence Typing)もある。食中毒菌の疫学調査などでは、最近はMLSTが利用されている。

図1:遺伝子を用いたタイピング(リボタイピング)の原理

 

図2:リボタイピングの結果の一例

 

4. おわりに

食品の変敗原因の究明においては、微生物に関する知識や経験だけでは十分ではない。その食品の物性や成分、保管条件などあらゆる情報を集約して、その食品中で増殖しうる微生物を推定していくことが重要な作業となる。まさしく科学全般の知識を動員して初めて原因を究明することができるのである。

その意味では、変敗原因の究明試験を極めることは、食品微生物学を極めることにもなる。大腸菌やサルモネラを対象とした検出試験だけが品質管理における微生物検査ではない。雑菌による各種の変敗事例の調査の経験を積んで食品微生物の知識を増やしていくことにより、小さな異常、小さな変化に気付くことができ、大きな事件が起きる前に何らかの対策を講じることができるはずだと筆者は考えている。

 

(更新:2014.10.30)

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