定期通信 第2号

第1号から半年を経過してしまいましたが、第2号をお届けします。今回はノロウイルス検査法の開発とノロウイルスの感染経路の解明に貢献された、西尾治先生のお話を聴講したものです。

西尾先生は先ごろ、財団法人 東京顕微鏡院が制定した遠山椿吉記念食と環境の科学賞を受賞されました。受賞理由や遠山椿吉賞については下記のページをご覧下さい。

⇒ 遠山椿吉記念 第1回 食と環境の科学賞

【遠山椿吉記念 食と環境の科学賞】 ノロウイルスによる食中毒の最新情報
西尾 治 先生(国立感染症研究所)
※ 平成20年11月5日、中央区立日本橋社会教育会館で開催された「第70回食と環境のセミナー」財団法人東京顕微鏡院主催)での講演において

ノロウイルスの概要

1968年、患者糞便から電子顕微鏡観察で発見され、当初はノーウォークウイルスあるいは小型球形ウイルスと呼ばれていました。その後、ウイルスの遺伝子配列が判明したことで遺伝子学的な診断が可能となりました。わが国では、1997年に食品衛生法の改正があり、小型球形ウイルス(現在のノロウイルス)が食中毒原因物質に加えられました。

このとき、食中毒の考え方が従来とは大きく変わり、食品中で微生物が増殖しなくても健康被害を起こしたときには食中毒として取り扱うことになりました。2003年にこのウイルスの名前が新たに取り決められ、ノロウイルスとなりました。

ノロウイルスが引き起こす臨床症状

下痢、腹痛、嘔吐が主な症状です。潜伏期間は12~72時間で比較的早期に治癒します。発病率は70~40%とされています。冬季に多発し、乳幼児から高齢者まで感染します。

培養できないウイルス

このウイルスを増殖させることができないため血清型別や感染性など、不明な点が多く残されています。検査には遺伝子学的手法がよく用いられますが、その遺伝子型が多いため遺伝子診断法も完全とは言えません。同様に酵素抗体法による診断も完全ではありませんし、遺伝子診断よりも劣ります。

食中毒事例の主役

ノロウイルスに起因する食中毒事例は、2007年度は事件数ではカンピロバクターに続く第2位でしたが、患者数では54%を占めて第1位でした。ノロウイスルが病因とされた事例で、特定された原因食品は多岐にわたります。

以前はカキが原因食品の第1とされていましたが、最近は多様な原因食品が特定されており、人の手を介して原因となった食材に付着したものと考えられます。カキはウイルスを本来持っていませんが、人が排泄した糞便中のウイルスが下水から処理不十分のまま河川に入り、それが海に出てカキに取り込まれる経路が明らかにされました。

その結果、他の二枚貝でもノロウイルスを取り込んでおり、10~20%の割合で検出されることが明らかにされました。

ノロウイルス感染経路

(1)人から直接、(2)または調理台、器具を介して食材がノロウイルスに汚染され、それを摂取する、(3)あるいは塵埃を介して、感染しています。ノロウイルス流行時では拭き取り調査の結果で、ホテルや旅館のトイレ付近の約20%にノロウイルスが検出されました。

また、集団発生を起こした直後の施設におけるトイレの便座には520~15,000個/cm2と高濃度のノロウイルスが付着しており、適切な消毒を行わないとトイレの使用者が高い頻度でウイルスに汚染されてしまいます。ノロウイルスは10~100個が体内に取り込まれるだけで感染が成立し、発病に到ることがあるとされています。

なお、ノロウイルスと同系統のウイルスであるネコカリシウイルスによる実験から、ノロウイルスは熱や塩素に対して通常の細菌やウイルスに比べ、強い抵抗性を有していると考えられています。

ノロウイルスに対する予防策

患者糞便中のウイルス量は多くの場合100万個/g以上を示し、1億個/gを示す例が最も多くなっています。患者吐物では100万個/g以上の例が最も多くなっています。一方、発症していない方の糞便でも10万個/g以上を示す例も多く、不顕性感染者がノロウイルス食中毒事例の原因となることもあります。

予防としては、「持ち込まない、付けない」ことで、なかでも加熱(85℃、1分以上)や流水による洗浄が重要です。洗浄する順番や残り水によっても感染の危険があります。ノロウイルスは手の皺の奥に入りこみ、一度ウイルスが入り込むとなかなか除去できませんので、徹底した手洗いを行う必要があります。

調理従事者の衛生管理は重要で、衛生的な生活環境の確保と健康保持に心掛け、月1回の細菌の検便も健康管理の意識を維持する意味からも重要です。

ノロウイルスの検査法

検査には種々の方法があります。ELISA法はやや検出感度が劣ります。結果が陽性となるためには糞便中のノロウイルス量が100万個/g以上が必要ですが、それ以上の個数でも陰性となることがあります。

また、ELISA法では結果が陰性と判定されても、遺伝子学的な方法で「陰性」を確認する必要があるとされています。検出感度が良いとされる方法はリアルタイムPCR法、RT-PCR法です。遺伝子型にもよりますが100個/g以上で検出可能となります。なお、電子顕微鏡では100万個/gが必要です。

まとめ

ノロウイルスの特徴は、(1)排泄量が多い、(2)嘔吐が強い、(3)物理化学的な抵抗性が強い、(4)遺伝子が変異しやすい、(5)獲得した免疫は持続が短いです。

これらのことからノロウイルスは「現代社会に残るウイルス」です。また、ノロウイルス感染症を撲滅することは困難ですが食中毒を予防することは可能です。

  • 1.ノロウイルス保有者検索で他の遺伝子検査法(LAMP法、TRC法)の検査で実施することは妥当ですか?
  • 1.妥当な検査法と考えています。ただし、検査結果が陰性の場合でも手洗いには十分注意して実施する必要があります。また、手洗い後の手指の乾燥には、ペーパータオルが第一選択です。温風乾燥はウイルスを飛び散らす恐れがあります。
(更新:2009.2.28)

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