定期通信 第27号は、当法人の伊藤 武 副理事長が「米国におけるキュウリによるサルモネラ食中毒」について、書下ろしたものを掲載しております。是非、ご覧ください。
米国におけるキュウリによるサルモネラ食中毒
伊藤 武 (特定非営利活動法人食の安全を確保するための微生物検査協議会 副理事長)
サルモネラは他の食中毒菌と異なり、広範囲な食品に汚染する重要な病原菌である。米国においては流通食品を対象にサルモネラ汚染状況調査成績がFDAから報告されている。2009年9月から1年間の流通食品からのサルモネラ属菌の検出は酪農製品、スパイス/調味料、パン、ナッツ/種子製品、生鮮農産物、カット農産物、果物、冷凍食品、洋菓子類、添加物、スナック菓子、健康食品類、穀類、飲料、オ-トミ-ル、卵、合計86件が陽性となっている。多くが公的機関の検査であるが、一部民間食品企業からの成績も含まれ、流通する生鮮食品のみならず加工食品からもサルモネラ属菌が証明された貴重な資料である。米国政府は食品に内在するリスクを明確にし、対策の基礎資料とすることを目的にした報告である。
米国においては農産物によるサルモネラ食中毒や腸管出血性大腸菌O157の広域的な食中毒が時々報告される。今回は2015年に発生したキュウリを原因食品とした広域流行のサルモネラ食中毒について紹介する。
1. 米国における農産物によるサルモネラ食中毒
米国では流通食品のサルモネラ属菌の汚染が高いと思われるが、農産物による広域的なサルモネラ食中毒の発生がしばしば報告されている。表1は2006年から2015年の10年間の広域的サルモネラ食中毒25事例の血清型と原因食品をまとめた。
キュウリ、トマト、スプラウトなどの生鮮野菜、マンゴ、マスクメロン,パパイヤの果物、加工されたナッツ類や香辛料、加工食品のピ-ナッツバタ-などが原因食品である。例えば2008年9月から2009年の1月にかけて、殆どの州に発生が見られたピ-ナツバタ-によるS.Typhimurium食中毒では575名の患者が報告された。回収された食品はピ-ナッツバタ-やピ-ナッツペ-ストおよびこれらを原料としたクッキ-、クラッカ-、シリアル、チョコレ-トなどである。
注目すべきことは原因食品の原材料は国内産もあるが隣国からの輸入食品も少なからず含まれている。
2. キュウリを原因食品としたS.Poona食中毒
2015年7月3日から9月21日にかけて34州で671名の患者発生が認められ、死者が3名である。流行の初期ではトマトなどが疑われたが、CDCや州機関の調査から配売店や生産者から収去したキュウリから患者と同じ血清型ならびに遺伝子パタ-ンのS.Poonaが検出された。すなわちメキシコ(生産農家特定)から輸入されたキュウリが原因食品と決定された。
図1には日別患者発生を示したが、8月7日頃から多数の患者報告が見られ、9月11日に2度目の回収が行われて以降患者発生が激減し、流行は収束していった。
図2には州別の患者発生を示したが、カリフォルニア州とアリゾナ州に多数の患者が集積しているが、全部で34州にまたがって患者発生が確認された。
原因食品となったキュウリは日本国内で普通に流通しているキュウリと異なり、表面がなめらかな製品である。
3. キュウリを原因食品としたS.NewportおよびS.Saintpaul食中毒の概要
米国では上記以外に2014年5月25日から9月29日にかけてキュウリを原因食品とするS.Newport食中毒が報告されている。患者数は275名、発生地域は29州にまたがった広域流行である。本事例ではキュウリからのサルモネラ属菌の検出は陰性であったが、特定された生産農家では収穫の約120日前に鶏糞肥料が用いられていた。
もう一つのキュウリによるサルモネラ食中毒は2013年1月12日から4月19日にかけて18州から84名からの患者報告があった。血清型はS.Saintpaulである。本事例でも原因食品のキュウリからはサルモネラ属菌は検出されていない。ただし、キュウリの生産農家はメキシコであることが特定されている。
これらの2事例は原因食品からのサルモネラ属菌は検出されていないが、患者由来サルモネラがいずれも同一の遺伝子パタ-ンであることが確認されている。また、生産農家が特定され、キュウリの出荷停止や特定された農家のキュウリの回収が実施され、両流行とも収束している。これらの疫学的解析から特定農家で生産されたキュウリが原因食品であると決定された。
米国では農産物による広域的サルモネラ食中毒発生がしばしば確認されている。患者の細菌学的解析や散発患者情報収集が徹底され、適切な疫学解析により生産農家や原因食品が解明されている。国内では疫学情報の収集や解析が不十分なために、原因食品が不明となる事例が多いことは残念である。また、米国のこれらの事例のうち一部が輸入農産物であることも明らかにされている。
国内ではTPP交渉により多くの農産物の輸入が合意されている。今後は大量の農産物が米国、カナダ、ベトナム、オ-ストラリア、チリ、メキシコ、マレ-シアから輸入されると推察される。これらの農産物に関しては微生物や理化学的安全性の確認が重要となろう。