定期通信 第13号

食品の汚染源としてのカビは大変に厄介な存在です。今回は、このカビのうち空中浮遊しているものからの汚染について、当法人理事でカビの専門家である諸角聖先生にこの季節にマッチした話題をご提供いただきました。

食品汚染源としての空中浮遊カビ
諸角 聖 (特定非営利活動法人 食の安全を確保するための微生物検査協議会 理事)


缶詰やレトルト食品といった一部の食品を除き、食品にはカビや細菌が付着しているのが一般的である。この汚染源としては土壌、空気、水、植物など環境中のあらゆるものがあげられる。農産物では土壌や空気中の微生物などが、生鮮魚介類では海水や河川水中の微生物が一次汚染菌となるが、環境中に常在する微生物は環境毎である程度共通した特徴がみられる。たとえば、土壌由来菌は低温で発育し、熱や乾燥に対して強い抵抗性を持つものが多く、動物寄生菌は中温で発育し、通性嫌気性のものが多く、病原性を有するものも少なくない。また、空気や塵埃中の微生物中には乾燥に耐えられる菌が多いなどの特徴を持つ傾向がある。

ここでは、こうした食品汚染微生物のなかでも汚染の機会が多いと考えられる空中浮遊カビを取り上げ、その食品汚染源としての重要性についてふれてみたい。

空気環境に浮遊するカビ

カビは本来、土壌、水中、動物の糞、植物など、栄養源や水分の存在する環境に生息している。そこでは細菌、放線菌などと拮抗しつつ生育し、菌叢を形成している。ここで形成されたカビ胞子は自分自身で胞子を飛ばすことのできる一部の菌を除き、気流、雨のはね返り、昆虫への付着などの外的要因によって分散する。

空中に浮遊したカビ胞子の大部分は半径100m以内に落下するが、気流の条件によってはかなりの距離を移動することが可能なため、陸から離れた海洋上や成層圏の空気中からも少数ながら発見されている。

空中に浮遊したカビ胞子は、塵と一緒に屋外、屋内を問わず、あらゆる場所に落下する。屋内では室内塵の一部となるが、清掃や気流の変化などが起これば再び空中に浮遊する。浮遊しているカビ胞子の中には食品上に落下し付着するものもある。その食品の栄養源、水分、温度条件が付着したカビの生育に適した条件であれば、胞子は発芽・生育し、その食品の変質原因となる。カビは細菌に比べ低い水分活性で生育可能であり、菌種によっては0.7レベルの低い水分活性(相対湿度70%に相当)まで生育する。生鮮食品など水分活性の高い食品では細菌が優勢となり、比較的乾燥した半生菓子や総菜類でカビ発生の見られるのはこのためである。

1. 空中浮遊カビの数と菌相

空中に飛散するカビの種類は極めて多いと思われる。しかし、乾燥に弱いカビは早期に死滅するため、長時間にわたって生残するカビの種類はある程度限定されてくる。さらに、すべてのカビが培地を用いた検査で検出されるとは限らない。したがって、エアーサンプラーにより菌を採取し培養する方法による空中浮遊菌調査の結果は必ずしも空中に浮遊するカビの数および菌相を正確に示したものではないと考えられる。しかし、食品の汚染源として空中浮遊菌を考えた場合、食品で生育可能なカビの大部分は培地においても生育可能と考えられるため、汚染レベルの指標には十分なりうるものと考えられる。

図1. 都内で採取した空 気中のカビ分布
図1. 都内で採取した空気中のカビ分布

東京都における空中浮遊カビの調査結果1)を図1に示した。東京都内における著者らの調査では、都内の空気環境中から20属以上のカビが分離され、空気1m3当たり57~67cfuのカビが検出されている。分離されたカビの分布を見ると、高率に検出されたカビはPenicillium、 Cladosporium、 AspergillusおよびAlternariaの4属であった。さらに、これまでのわが国における空中浮遊菌・落下菌の調査2~6)においてもこれら4属が優勢に検出されていることから、これらの菌がわが国の空気環境中における優先菌と考えられる。また、海外の報告例においてもCladosporiumの分離頻度が高いといった差は見られるものの、高頻度に検出されるカビは前記4属であり、わが国における調査結果とほぼ同様の傾向が認められている。東京都内の調査では、これ以外に屋外の空気中からPestalotiopsisおよびFusariumが、屋内空気からはWallemiaがやや高頻度(約2%)に検出されている。また、分離頻度は低いものの分離株の中にはアフラトキシン産生性Aspergillus flavus、オクラトキシン産生性 A. ochraceus、ステリグマトシスチン産生性の A. versicolorといった発ガン性マイコトキシン産生能を有する菌株も含まれていたことから、空気もマイコトキシン産生菌の汚染媒体となっていることが示唆されている。

また、神戸市における調査結果2)では、屋内の採取地点により検出菌数に差が認められ、カビ数の著しく高かった採取部位がデパート食品売場であったことから、これが多数の人の活動に起因したことを示唆している。また、菅原7)は屋内の空気中に浮遊する微生物のうち、細菌数は人が細菌の発生源となっているため人の密度と活動により、カビは塵埃の浮遊や外気の流入に起因するため、人の活動、清掃、エアコンなどによる気流変化や外気流入によりそれぞれ影響されることを指摘している。なお、いずれの調査においても、浮遊カビ数は夏期に多く、冬季には少ない傾向であった。

このように、カビは我々を取り巻くあらゆる空気環境中に多数浮遊し、常に食品をはじめあらゆるものに付着する機会を狙っている。

2. 食品のカビ汚染源としての空中浮遊菌

加工食品のカビ汚染原因を明らかにするためには、その食品の製造工程の各サンプルに加え、製造環境である製造機器、作業員手指、作業場内の落下菌などを対象に汚染調査を行うと同時に、製造された製品を保存することによりどの様な菌種が生育してくるかをあらかじめ調べておく必要がある。その理由の第一は、同種の食品であっても、原料、製造環境、工程、作業員、包装材料などが異なり、汚染原因もそれにともなって相違するため。第二は食品の成分、水分、pHなどの影響で生育可能な菌種が限定されるためである。

表1.各種食品の製造工程におけるカビ汚染原因
表1.各種食品の製造工程におけるカビ汚染原因

表1に示したカビ汚染原因の調査結果8)からみて、加熱加工食品におけるカビ汚染は加熱工程後の落下菌の付着、作業員手指、副原料、機器などからの汚染に起因しており、落下菌が最も重要な汚染原因と言える。特に、カビ汚染レベルの高い小麦粉、とうもろこし粉、香辛料などの原料を使用している製品では、原料の飛散が工場内の浮遊カビ数の増加を招き、落下菌による製品のカビ汚染につながった例も見られている。

また、調査した16カ所の施設のうち、2カ所では壁面にカビの発生が認められた。食品工場はその性質上、大量の水が使用され、熱・水蒸気の発生量も多い。このため内部が高温高湿となりやすく、結露も発生し、有機物の付着した壁面や機器類には容易にカビが発生する。工場内に発生したカビは気流とともに浮遊し、浮遊菌および落下菌数の著しい増加を招き、直接的に、あるいはベルトコンベアーや機器類、作業員手指などを介して間接的に製品を汚染する。

事実、カビの発生した施設における落下菌はそれ以外の施設の数倍から10倍の菌数であった。製品のカビ汚染を減らすためにも、施設内のカビ発生防止に厳重な注意を払う必要がある。

加工食品において、工程中に加熱工程が存在し中間製品が無菌となる場合にはその後の工程、特に放冷部分を無菌化する事がカビ汚染防止には最良の方法である。しかし、経費面および技術面から完全無菌化は難しいため、多くの製品では最終製品の再加熱や、包装時に脱酸素剤封入することでカビの発生を防いでいるのが現状である。

なお、食品製造施設における空中浮遊菌および落下菌増加の原因として以下の点があげられる。

  1. 粉体原料の飛散
  2. 工場内におけるカビの発生
  3. 外気の流入
  4. エアコンフイルターの清掃不良
  5. 床や工場内突起物に集積した塵埃の飛散
  6. 段ボールや粉袋などの取り扱い不良
  7. 施設内の清掃不良

浮遊菌・落下菌を減少させるには、① 汚染の侵入防止:施設内部(特に加熱後の放冷から包装までの部分)に外部の浮遊菌が侵入しないような構造にする ② 発生防止:建築物内部でカビが発生しないようにする(湿度管理) ③ 拡散防止:カビが発生した場合にはそれが施設内の他の部分に拡散しないようにする ④ 汚染除去:汚染が発生したり持ち込まれた場合、それが速やかに排除されるようにする、などの対策を講じられなければならない。

カビは屋外、屋内を問わず、我々の周囲の空気中のどこにでも浮遊している。したがって、このカビを食品に付着させないことは至難の業といえよう。しかも、空気中から高頻度に分離される菌はいずれも食品から高率の検出される菌でもある。空中浮遊菌・落下菌対策には区画の設置や清浄空気の使用など、施設の改善を伴うが、加熱加工食品を対象とした汚染源調査の結果からみても、安全性の高い食品の製造には積極的に汚染防止対策に取り組む必要があろう。


【参考文献】

1) 諸角 聖:フードケミカル,1997-9,24(1997)
2) 松田良夫:関西医大誌,21,526(1969)
3) 朝田康夫:真菌と真菌症,1,129(1963)
4) 船橋 満他:防菌防黴,17,287(1989)
5) 濱田信夫,山田明男:防菌防黴,23,281(1995)
6) 今井恵子,田中辰明:生活工学研究,3,124(2001)
7) 菅原文子:空気調和・衛生工学,62,581(1988)
8) 諸角 聖他:マイコトキシン,37,7(1993)


(更新:2012.5.27)

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