定期通信第22号では、6月4日に開催された平成26年度の講演会「食品事業者が知っておくべき“野菜の衛生管理と漬物衛生規範の改訂」 の聴講記録を掲載いたしました。講演会では3名の演者の先生にご講演をいただいております。
- 講演1 : “食品事業者のための”生食用野菜の衛生管理 (宮本 敬久 先生)
- 講演2 : 野菜等を用いた食品製造事業者における衛生管理 (大曽根 誠 先生)
- 講演3 : 食品製造における微生物の衛生管理に適した試験法選択の考え方 (五十君 靜信 先生)
平成26年度 講演会 「食品事業者が知っておくべき“野菜の衛生管理と漬物衛生規範の改訂」 聴講記録
講演1
“食品事業者のための”生食用野菜の衛生管理
宮本 敬久 (九州大学大学院農学研究科教授)
1. 野菜類による食中毒の事例と現状
生野菜や野菜加工品を原因とする食中毒事件は日本をはじめ、諸外国で発生している。また、日本ではカット野菜の消費量も年々増加しており、野菜を原因とした食中毒事件の割合も多く認められる。これら野菜の生産環境を見ても、食中毒細菌を恒常的に保菌している畜産農場から、水などを介しての汚染や、未熟な堆肥を使用することによる汚染などの要因が考えられている。従って、生鮮野菜類を原因とする食中毒を防止するためには、フードチェーン全体の衛生管理による汚染の低減化が重要となってくる。
2. 生産段階における農産物の食中毒細菌汚染の低減
野菜の栽培過程における汚染を想定して、P2レベル実験室内のバイオフォトチャンバー内にてミニトマト、リーフレタス及びホウレンソウを対象に緑色蛍光タンパク遺伝子を組み込んだSalmonella
Enteritidis(S. Enteritidis GFP)を添加して、植物体(果実、茎、根、葉)及び土壌の総菌数とサルモネラ生菌数を測定した。
ミニトマト
土壌へのサルモネラの添加を行い、土壌および果実の菌数、および果実に傷を付け、その部分にサルモネラを接種して菌数の変化を調べた。土壌中のサルモネラは一度菌数の増加が認められるが、その後14日目以降は減少したが、初発菌数に比例して収穫時にも生残した。植物体の検査では、根ではサルモネラは検出されたが、茎および果実では検出されなかった。また、果実表面におけるサルモネラの生残性を比較すると無傷果実は低・中濃度接種では3~5日後には検出されなかったが、高濃度では7日後まで検出された。
一方有傷果実では低濃度でも7日、中・高濃度では21日以降もサルモネラが検出され、傷部分での長期間の生存が確認された。また、サルモネラ接種部分以外では検出されず、果実内部への移行は認められなかった。
リーフレタス
土壌へのサルモネラの添加、レタスの葉に傷を付けての添加、および水への添加の各試験を実施した。サルモネラを添加した土壌でリーフレタスを栽培し、根からのサルモネラの移行を考慮し、根の切断の有無での比較を行った。リーフレタスの外側から3枚の葉を一組として15枚目まで5組について、葉の表面を殺菌、未殺菌でサルモネラ生菌数を測定した。
その結果、表面を殺菌したものでは、サルモネラは検出されなかった。未殺菌のものは根の切断の有無にかかわらず、12枚目まで検出され、菌数は外側ほど高かった。従って、リーフレタスにおいて土壌からのサルモネラ汚染は表面汚染であり、内部への侵入は認められなかった。また、土壌からのサルモネラ汚染に対するマルチ効果を調査したところ頭上潅水ではマルチが無い場合ではリーフレタスの汚染率が高くなった。
リーフレタスの葉に傷を付けてサルモネラを接種すると、無傷のリーフレタスでは7日目以降はサルモネラが検出されなかったのに対し、傷がある場合は35日目で表面を殺菌していてもサルモネラが検出された。サルモネラの添加濃度を変えてリーフレタスに噴霧(約2ml)した試験では、3.5CFU/ml未満のサルモネラ汚染なら1週間後には生存していないことが確認された。
ホウレンソウ
土壌へのサルモネラの添加、および水への添加の各試験を実施した。土壌に添加したサルモネラ濃度が低ければ未殺菌のホウレンソウでもサルモネラは検出されなかったが、濃度が高ければサルモネラが検出された。
しかし高濃度でも表面を殺菌することによってサルモネラは検出されず、ホウレンソウも表面の汚染のみで内部には移行しないことが確認された。サルモネラの添加濃度を変えてホウレンソウに噴霧(約2ml)した試験では、325CFU/ml未満のサルモネラ汚染なら1週間後には生存していないことが確認された。
3. 食中毒細菌二次汚染の低減
S.
Enteritidis GFPを用いてキャベツやガラス、プラスチックなどに付着させて一定時間放置後に洗浄を行った。その後洗浄を行い顕微鏡観察により菌の付着を確認したところ大量の菌が認められ、キャベツだけでなく表面の平滑なガラスやプラスチックでも簡単な洗浄では菌の除去を完全に行うとは困難であると考えられた。
また、マイクロプレートを用いたサルモネラ、シュードモナス、リステリアおよびスタフィロコッカス付着の試験やプラスチックシャーレを用いたサルモネラの付着に必要な時間の試験等の結果から、一度付着した細菌を完全に除去することは非常に困難であることが明らかとなった。そこで天然物や食品添加物を中心に細菌付着阻害物質の検索を行った。
その結果、いくつかの天然色素、プロタミン、ポリリジン、乳清タンパク、ショ糖脂肪酸エステル、モノグリセリン脂肪酸エステル等で高い付着阻害効果が認められた。Salmonella EnteritidisおよびListeria monocytogenesを用いた付着阻害試験の結果、ショ糖脂肪酸エステルおよびモノグリセリン脂肪酸エステルでは炭素数が多い脂肪酸の方が効果が高かった。ガーデニアイエロー、モナスカス色素、プロタミン、ポリリジン、および乳清タンパク等の阻害物質も濃度が高くなるにつれて阻害効果も高くなる傾向にあった。
また、同様の試験を複数の菌を対象に実施したところ、Pseudomonasなどで阻害効果が低くなるものも認められた。そこで細菌付着阻害物質の併用効果を確認したところ、ポリリジンと乳清タンパク質の組み合わせがグラム陽性細菌およびグラム陰性細菌の両方に対して効果的であった。
そこでキャベツおよびレタスを用いて、ポリリジンと乳清タンパク質にて前処理後サルモネラ菌懸濁液を噴霧、培養後に洗浄を行い、洗浄前後の菌数を測定し、前処理の効果を調べた。その結果、未処理と比べて洗浄後のサルモネラの低減効果が高いことが確認された。さらに洗浄後に200ppmの次亜塩素酸ナトリウム溶液による殺菌の工程を加えるとさらに1.3log程度のサルモネラの減少が認められ、このような対策によって野菜の安全性が向上することが明らかとなった。
4. 加工段階における効率的な除菌および殺菌
レタスを対象に効率的な除菌および殺菌について検討を行った。カット野菜などの殺菌では次亜塩素酸ナトリウムがよく用いられているが、本試験ではより低い濃度で高い殺菌力が得られる微酸性次亜塩素酸水による殺菌を行った。
しかし、単独での使用ではレタスの殺菌効果は不十分であったため、界面活性剤としてショ糖パルミチン酸エステル製剤処理にマイクロバブルを加えた前処理工程の後に微酸性次亜塩素酸水処理を行うことで殺菌効果の向上および青果物の保存性の向上が確認された。特に微酸性次亜塩素酸水処理を50℃で行うとレタスの切り口に生じる褐変に関する酵素も失活し、褐変も防止された。
5. おわりに
安全で高品質な食品が求められている現在、まず、第一に原材料である農産物の高品質化が必要である。そのためには生産過程における衛生管理や工程管理が重要であるが、流通段階の温度管理や衛生管理、加工段階での衛生管理や殺菌工程の果たす役割も大きい。汚染防止・二次汚染低減処理・効率的殺菌等の複数の衛生管理対策を複合的に実施することが安全で高品質な生食用野菜の生産のためには重要である。
平成26年度 講演会 「食品事業者が知っておくべき“野菜の衛生管理と漬物衛生規範の改訂」 聴講記録
講演2
野菜等を用いた食品製造事業者における衛生管理
大曽根 誠 (厚生労働省医薬食品局食品安全部監視安全課 課長補佐)
浅漬を原因食品とした食中毒事例の発生
平成24年8月に札幌市等において、浅漬による腸管出血性大腸菌0157の食中毒事件が発生し、患者数169人、うち8人もの死者が出た。多くが高齢施設での発生であったが、食品スーパーやホテル、飲食店等にも原因食品が流通しており、観光シーズンであったことも重なり、患者は北海道内に限らず、関東の5都県でも確認された。
食中毒の原因調査は、当初患者が確認された札幌市及び北海道において行われ、札幌市内の営業所が製造した浅漬が原因食品として特定された。その後の札幌市の調査で、原料の野菜、製造施設、使用水、従業員からの汚染の可能性は低く、腸管出血性大腸菌0157の汚染の汚染原因は特定されなかったが、製造工程で衛生管理上の問題点が確認された。
漬物等の汚染実態調査及び食中毒の発生状況
協力自治体による野菜等の汚染実態調査によると、過去3年間で漬物からはE.coliが約1割から検出されたが、腸管出血性大腸菌は検出されていない。また、漬物が原因食品として特定された食中毒発生状況では、過去10年でノロウイルスによるものが2件、腸管出血性大腸菌以外の病原大腸菌によるものが2件、腸管出血性大腸菌によるものが2件発生し、うち1件がこの札幌市等の浅漬けによる腸管出血性大腸菌0157の食中毒で、死者の発生があった。
厚生労働省の対応
同様の食中毒の再発防止を図るため厚生労働省の対応として、同月末には漬物の製造を行う施設に立ち入り調査を要請し、10月に漬物の衛生規範を改訂した。立ち入り調査で製造加工における殺菌工程、施設の衛生管理に問題がある施設が多く、改訂により、原料の低温保管、飲用適の水での流水洗浄、次亜塩素酸ナトリウム等による原材料の消毒等について追記された。
そして、11月に食品、添加物等の年末一斉取り締まりにおいて漬物製造施設へ立ち入り調査を行い、平成25年5月に再度立ち入り調査を行い12月に漬物の衛生規範を改訂した。この2回目の改定では、次亜塩素酸ナトリウムによる消毒は原材料の色あせや塩素臭が残る等の理由もあり、一律の殺菌方法に変わる方法として、原材料の受け入れから製品に至るまでの各工程でHACCPによる衛生管理を行う方法を追記した。
引き続き改定した衛生規範に基づき都道府県等により関係事業者への監視指導がなされる。
厚生労働省におけるHACCP推進の取組みについて
HACCPは食品の衛生管理のための国際標準としての地位を確立し、欧米をはじめ多くの国で導入が進んでいる。輸出要件として義務づける等、貿易上必須になりつつある。日本でのHACCPの普及は低く、厚生労働省では、食品の安全性の一層の向上、国際標準への準拠等、より実効性のある体制を確立するため、より一層普及する必要があると考え、平成25年9月に「食品製造におけるHACCPによる工程管理の普及のための検討会」を立ち上げ、学識経験者、消費者団体、業界団体(製造、流通)自治体等の代表者を構成員として議論を進めた。
3回の検討会を経て、12月に「中間とりまとめ」として今後の施策の方針について取りまとめた。具体的な方針として、HACCP導入型基準の設定や、導入支援のための研修等の実施、導入メリットの周知、輸出施設の認定促進、施設名の公表、マーク等の検討などがあげられている。
これを受け、将来的なHACCPの義務化を見据えつつ、HACCPの段階的な導入を図る観点から、本年5月には食品衛生法第50条第2項に基づく「管理基準ガイドライン」(通知)を改正し、コーデックスのHACCPガイドラインを取り入れた基準(HACCP導入型基準)を新たに追加した。今後、各都道府県等において管理運営基準に関する条例を改正していただき、平成27年4月1日からの導入を目指している。
平成26年度 講演会 「食品事業者が知っておくべき“野菜の衛生管理と漬物衛生規範の改訂」 聴講記録
講演3
食品製造における微生物の衛生管理に適した試験法選択の考え方
五十君 靜信 (国立医薬品食品衛生研究所 食品衛生管理部長)
食品の微生物試験法を取り巻く国際情勢
国際的には、コーデックス基準が食品の微生物基準のスタンダードであり、各国が独自の基準を策定する場合コーデックスの示すガイドラインにしたがって策定する必要がある。わが国の微生物基準もこれに沿うような形で策定されるようになってきた。最近では、生食用食肉の規格基準として、具現化されている。このようなルールの下での微生物基準では、微生物試験にも科学的な根拠が求められている。
コーデックス委員会では、微生物学的リスク管理のための「数的指標(Metrics)」が導入されている。微生物学的基準(MC)で考慮される要素の一つとしてサンプリングプランがあり、これには二階級法と三階級法があり、前者は病原菌、後者は主に衛生指標菌で用いられる。サンプリングプランでは、n数が小さい場合、汚染濃度が高くないと見つけにくい点に留意する必要がある。微生物学的基準(MC)では、試験法はISO法または同等の感度、再現性、信頼性などが、妥当性確認された方法を採用する。
国内の試験法はISO法に準拠するか、妥当性確認が行われていると国際的に認知される試験法の整備が急務であり、このような観点で検討されている標準試験法の確立が急がれている。
わが国における新規試験法の妥当性確認
標準試験法は、コーデックスで求める妥当性確認された試験法でなくてはならない。食品における微生物試験の種類には、サーベイランス、工程管理などのモニタリング、コンプライアンスのためなどがあり、それぞれ目的が異なるため、それぞれの試験の目的にあった、いわゆる目的適合性のある試験法を選ばねばならない。すなわち、工程管理などのモニタリングでは、製造工程などで矯正的措置をとる必要があるかを決定するため、迅速性や簡便性が重要であり、迅速法が適している。
一方、コンプライアンスのための場合は、法令上の命令遵守を決定するため、裁判に耐えうるデータとならねばならないため、公定法(標準試験法)が適している。食品の衛生試験は試験法の信頼性が命であり、万人が認める信頼性の高い試験法で病原菌が検出されないことの証明が必要である。試験法は国際的な整合性が重要であり、試験の実行にあたっては、学問的な裏付けが必要である。
良い試験法とは、いつでも誰でも示された方法に従えば、同じ結果が得られる試験法である。すなわち、目的適合性と十分な基礎的データの集積があり、文書化したプロトコールと共同試験による確認、有効な審査による妥当性確認、データの透明性がある試験法である。わが国でも、国際的に認められるコーデックス基準を満たした標準試験法を確立しつつ、目的適合性のある代替試験法を導入することが重要である。