定期通信 第10号

今回は、五十君 静信 先生 (国立医薬品食品衛生研究所 食品衛生管理部)に、「生食牛肉の規格基準の科学的背景と腸内細菌科菌群試験法の採用まで」について、情報を提供していただいております。
是非、ご一読下さい。

生食牛肉の規格基準の科学的背景と腸内細菌科菌群試験法の採用まで
五十君 靜信 (国立医薬品食品衛生研究所 食品衛生管理部)

2011年4月下旬、富山県、福井県、神奈川県などで、ユッケ(生食で提供される牛肉)を原因食品とする腸管出血性大腸菌O111による広域集団食中毒事件が発生し、4名が死亡した。平成10年、厚生労働省は生食用に供される食肉に対しては、微生物基準として「E. coliおよびサルモネラ陰性」を食品衛生法で規定したが、上述の食中毒事例における原因食品は、この成分規格を遵守していなかった。疫学調査を通じて、国内で生食として流通・消費される食肉食品の多くが、同様にこの基準を満たしていない現状であることが明らかとなった。こうした事態を踏まえ、厚生労働省では、新たな基準設定に向けた取り組み方針を打ち出した。

現在、新たなる規格基準を設定する際に考慮しなければならない国際原則がある。それは、1996年に採択されたWTO(世界貿易機関)のSPS協定(衛生植物検疫措置に関する協定)である。食品安全に関わる施策を新たに実行しようとするときは、国際的にオーソライズされた機関によって開発された手法に基づきリスク評価を行わなければならないとされている。食品安全に関し、“国際的にオーソライズされた機関”はコーデックス委員会であるので、この委員会が示す微生物規格基準に関する文書に従ってリスク評価を行わなければならない。コーデックス委員会では、1997年に微生物規格(Microbiological Criterion: MC)に関する一般原則、2007年には微生物学的リスク管理のための「数的指標(Metrics)」の導入という文書を示している。今回の規格基準は、この手順に従って検討された。

事態の深刻さから、今回は極めて迅速に規格基準設定を進める必要があったことから、厚生労働省は、簡略なリスク推定に基づき、規格基準案を提案し、その提案を受け、食品安全委員会がリスク評価を行った。厚生労働省のリスク推定では、制御を必要とする病原微生物を腸管出血性大腸菌とサルモネラ属菌とし、対象となる食品は生食用牛肉とした。死者数の発生が年1人未満となるレベルの微生物制御レベルを目標値として規格基準案を提案した。食品安全委員会では、厚生労働省の提案を検討し、設定した対象微生物並びに食品種の正当性を確認し、新たに当該食品と当該微生物による患者数を指標としてリスク評価を試みた。厚生労働省によるリスク推定では、死者数を対象とし、食品安全委員会では患者数を対象としてリスク評価を行った結果は、見事に一致した。科学的なベースで議論が正しく行われるとどのようなアプローチをとろうとその結果が一致することが示されたのには、議論の一部に関わった者として正直驚くと共に感動を覚えた。今回の規格基準の回答である腸内細菌科菌群を指標として、25検体を調べ、それぞれの25g中から検出されないレベルの微生物制御が必要という結論である。

食品安全委員会のリスク評価の最終報告書は公開されており入手することが出来る。本文、関連資料など全て含めると総ページ数が150を超えている文書である。その内容は最新の数的指標の考え方を理解していないとかなり難解な部分も含まれている。そこで、11月30日に開催される研修会では、このリスク評価を読んでいなくても、今回の規格基準が理解できるようなプログラムを予定している。

伊藤武理事が、腸管出血性大腸菌による健康被害を総括し、食品安全委員会のリスク評価案の責任者である豊福肇理事がリスク評価を解説し、最後に五十君が腸内細菌科菌群採用の背景とその試験法について解説する予定である。講演終了後は、皆さん“なるほどそうだったのか”と納得していただけること請け合いである。


(更新:2011.10.16)

» このページのTOPへ