定期通信第69号は、国立医薬品食品衛生研究所 安全情報部第二室 室長の窪田邦宏理事による書き下ろし原稿、「微生物に起因する食中毒被害実態の推計」です。是非、お読み下さい。
生物に起因する食中毒被害実態の推計
窪田 邦宏
国立医薬品食品衛生研究所 安全情報部第二室 室長
国立医薬品食品衛生研究所 安全情報部第二室 室長
1. はじめに
近年、食品の微生物汚染に由来する食中毒のニュースがテレビ、新聞、インターネット等で頻繁に報道されている。また食品流通の拡大により一度に発生する患者数の多い事例も多く見受けられる。
これら食中毒患者の発生を防ぐための対策を立案するうえで、まず必要となるのは食中毒被害の現状の把握である。限られた予算や人員といったリソースをどの分野、病因物質、食品に振り分けるべきかは、その被害の大きさや患者数の変動により影響されることになる。また、対策を効果的に行うためには被害の実態や傾向の把握をより正確に行うことが必要となる。
日本では食品由来感染症の患者数は食品衛生法および感染症法にもとづいて報告され、食中毒患者数は食中毒統計資料等として公表されている1)。ただし、患者が医療機関を受診しないことや、受診しても検便検査を受けないことなどの理由で食中毒事例として報告されない場合がある。
それは特に散発事例等において多くみられると考えられ、食中毒統計等だけでは食品由来感染症患者数が正確に把握されていない可能性がある。広域散発事例による被害も報告されていることから、食品衛生対策の検討およびその効果の評価のためには、それらの事例も含めた被害実態の全容を把握することが重要であると考えられる。
米国では1995年に、米国疾病予防管理センター(US CDC: US Centers for Disease Control and
Prevention)が中心となって、フードネットアクティブ(積極的)サーベイランスシステム2)(FoodNet:Foodborne Diseases Active Surveillance
Network)が導入され、食品由来感染症の実患者数の継続した把握が行われている。
FoodNetは全米10州の定点検査機関から病原体検出情報(検出数)を積極的に収集し、このデータに電話住民調査や検査機関調査等から得た、検便実施率、医療機関受診率等のデータを組み合わせることにより、食品由来感染症の実患者数の推計を継続して行なっている。
このシステムで得られた推計結果は実患者数の複数年度にわたる変動の把握や各種行政施策の効果を検討する等、食品衛生行政に積極的に活用されている。カナダ、英国、オーストラリアやその他の国々でも同様に食品由来感染症の実患者数把握の試みが行われている。
日本の場合には医師や保健所等からの報告を行政機関が待つ形である現行のパッシブ(受動的)サーベイランスシステムに、散発事例も含めて把握することが可能なアクティブサーベイランスシステムを組み合わせることにより、上述した報告されない事例も含めた患者数を補完することが有効であると考えられる。
筆者らは、宮城県および全国を対象としている臨床検査機関での菌検出の情報を積極的に収集するアクティブサーベイランスを継続して実施し、これに電話住民調査等から得られた医療機関受診率や検便実施率のデータを組み合わせることで、カンピロバクター、サルモネラ、腸炎ビブリオの散発事例も含めた食品由来感染症実患者数の推計を試みる研究を、2003年より継続して行ってきており3),4),5),6)、その手法を紹介するとともに、世界保健機関(WHO)が実施している世界の食品由来疾患実被害推計の試みを紹介する。
2. 食品由来感染症実患者数の推計手法
2A. 食品由来疾患実患者数の推計手法の概要
医療機関を受診する煩わしさ等の理由により、食品由来疾患に罹患した患者が医療機関を受診しないことがよく聞かれる。医療機関を受診したとしても、検便検査の費用がかかることや検査結果を聞きに患者が再来院しないといけない等の理由から、全ての患者に対して検便検査が実施されることはない。
これらの理由から食品由来感染症において原因菌が検出され、食中毒患者として報告されるのは一部であり、報告されていない患者が多数存在していると考えられる(図1)。
そこで筆者らは、検査機関において検出される菌検出数に対して、検査機関の住民カバー率、および電話住民調査から求めた検便実施率と医療機関受診率を組み合わせることで食品由来感染症の実患者数の推計を試みている(図1)。検査機関における検査精度は100%(菌が存在すれば必ず検出される)と仮定した。
2B. データ収集
検便検査を受託している検査機関に協力を依頼し、カンピロバクター、サルモネラの菌検出数データを収集した。また、各検査機関の住民カバー率を算出するために、大腸菌O157の検出数を収集した。
2C. 検査機関の住民カバー率
全数報告とされる大腸菌O157の当該検査機関における検出数の同菌の全国検出数に対する割合から、当該検査機関の住民カバー率(ある検査機関が全国の検査のうちのどのくらいをカバーしているか)を推計した。年によって多少の変動はあるものの、近年は約20~30%の間を推移している。
2D. 各菌の全国検出数の推計
検査機関で検出されたカンピロバクター、サルモネラ各菌の検出数を検査機関の住民カバー率で除することで、各菌の全国検出数を推計した。
2E. 医療機関受診率および検便実施率推計のための電話住民調査
電話住民調査は2009~2016年にかけて複数回実施した(宮城県2回、全国3回)。それぞれ有効回答2,000人以上もしくは3,000人以上を得るまで連続した2~3週間にわたり行った。調査内容の詳細は以下の通りである。
- 全国の一般家庭を固定電話番号でランダムに選択(RDD: Random Digit Dialing法)。各都道府県の人口比率に沿った回答数になるよう調査対象数を調整。
- 電話調査を行ったそれぞれの家庭内で電話調査日以降に最も早く誕生日が来る予定の人を回答者に選択(電話を取る人の年齢バイアス等を調整)。
- 12〜15歳の子供の場合は親の了承を得た上で本人による回答、12歳未満の子供の場合は親による代理回答を依頼。
- 質問1:過去4週間の下痢、下血、嘔吐の有無を質問。有症者の条件は、電話調査日から遡って1カ月以内に、24時間以内に3回以上の下痢、もしくは嘔吐、もしくは下血があった人(慢性疾患、飲酒、薬物影響、妊娠、その他の除外条件に該当した場合は除く)とした。
- 質問2:質問1で有症だった人にはその際に医療機関を受診したか否かを質問。
- 質問3:質問2で医療機関を受診した人には受診時に検便検査を受けたか否かを質問。
- 回答データは年齢層ごとの各都道府県人口分布により補正。
- 季節変動を考慮して冬期および夏期に電話住民調査を行い、統合したデータから「医療機関受診率」および「検便実施率」を確率分布に当てはめて推計。
2F. 医療機関受診率および検便実施率の推計
上記電話住民調査は調査期間がそれぞれ2~3週間であり、その期間に検出された件数でしかない。年間を通しての正確な「医療機関受診率」および「検便実施率」を把握するためには、米国FoodNetが実施しているような継続した電話住民調査等が有効であるが、予算的・人員的問題から実施は困難である。
そこで調査期間で得られたデータを利用して確率分布によるモデルを作成することにより、年間を通しての「医療機関受診率」および「検便実施率」を推計した(図2)。図2にみられるようにそれぞれの推計値には確率分布による幅がある。同様に最終的な推計結果の数値にもそれぞれ幅があることに留意する必要がある。
(試行1万回)【令和6年度厚労科研費研究報告書6)より】
2G. 食品由来感染割合
これまで推計してきた患者数は食品由来感染以外の患者も含まれている。米国における研究7)で、食品由来感染の割合をCampylobacterは80%、Salmonellaは95%であるとそれぞれ推計しており、これらの値を用いて各菌による食品由来感染症実患者数を推計した。
2H. 食品由来感染症実患者数推計の結果および食中毒患者報告数との比較
上述の菌検出数と検査機関住民カバー率、検便実施率、医療機関受診率、食品由来感染割合を組み合わせることで全国の食品由来感染症実患者数の推計を行なった。令和6年度厚労科研費研究報告書6)で報告した推計結果の表を示す。推計結果は検便実施率や医療機関受診率と同様に確率分布として算出されているが、表中では平均値だけを表示した(表1)。
筆者らの研究結果から、食品由来感染症実患者数の推計値は食中毒統計の報告数より大幅に多く、さらに経年変動が互いに連動しているとは言い難いことが確認された。より正確な患者数を把握する際の補完システムとしてアクティブサーベイランスの継続的な活用が有効であると示唆された。
(2006~2023年、シミュレーション試行回数:1万回、日本全国人口:1億2777万人)【令和6年度厚労科研費研究報告書6)を元に作成】
※1 菌検出数:下記の民間検査会社の検出データを合計した。2023年(株式会社LSIメディエンス)、2021~2022年および2009年:2社(株式会社ビー・エム・エル、株式会社LSIメディエンス)、2010~2020年:3社(株式会社ミロクメディカルラボラトリー、株式会社ビー・エム・エル、株式会社LSIメディエンス)、2006~2008年:1社(株式会社ビー・エム・エル)
※2 米国の胃腸炎疾患における食品由来感染の割合(カンピロバクター80%、サルモネラ95%、腸炎ビブリオ65%)を用いて算出(Mead et al. 1999)
※3 食中毒患者報告数(全国)(厚生労働省食中毒統計、平成18~令和5年食中毒発生状況)
3. 世界の食品由来疾患被害実態推計「世界保健機関(WHO)、食品由来疾患被害実態疫学リファレンスグループ(FERG)の活動」
国際的にも各種行政施策の策定や対策評価に活用されることを期待して、今回紹介したような方法をはじめとする各種疫学的手法により散発事例を含めた食品由来感染症被害実態を把握することが重要視されている。
世界保健機関(WHO: World Health Organization)も「食品由来疾病の世界的負荷推計」を行うために2007年に食品由来疾患被害実態疫学リファレンスグループ(FERG: Field Epidemiology Reference
Group)8)として世界各国から専門家を選出して活動を開始し(FERG1)、日本からは春日文子氏が専門家として選出された。
FERG1では食品由来感染症の初めての全世界推計となる報告書を2015年に発行し9)、その中で「2010年に世界中で食品由来疾病に60億人が罹患し、それにより42万人が死亡したと考えられる。そのうち5歳未満が40%を占め(人口割合は9%)、最も被害が多い地域はアフリカである。」と報告した9)。
その後、WHOでは第1回目の推計から10年近くが経過することから、2021年に世界各国から専門家26名をFERG2として選出して第2回目の推計を実施することとした。WHO
FERG2には筆者が専門家として選出され活動中である10)。
FERG1では世界の地域別の推計であったが、FERG2では各国別の推計も発表する予定となっており、また対象とする病原体や化学物質も増えている。当初は2025年に推計結果を公表する予定であったが、現在、2026年に結果を発表すべく作業中である。各手法や各段階のデータを適宜論文等で発表しつつ11),12)、最終調整および確認作業を行なっている。
4. おわりに
今回紹介した手法による推計結果には不確定要素の導入に確率分布を利用すること等による幅があることから、得られた結果を別のサーベイランス結果と比較することより、長期間にわたり継続して行うことで同一サーベイランス内において変動を比較検討することの方が効果的である。
食中毒に対する各種対策等の検討およびその効果の評価を行うためには、継続した定量的な実患者数の把握が必要である。
本手法で得られた推計値は不確実性が大きい要素が含まれた値ではあるものの、実患者数が報告数より大幅に多い可能性が定量的に示され、その幅を科学的に把握することが可能で、かつ複数年度にわたる増減傾向を見ることができる点が重要である。
以上
参考文献等
-
食中毒統計資料:厚生労働省
http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/04.html -
FoodNet(Foodborne Diseases Active Surveillance Network):米国疾病予防管理センター(US CDC: US Centers for Disease Control and Prevention)
https://www.cdc.gov/foodnet/index.html -
Attributing Human Foodborne Diseases to Food Sources and Water in Japan Using Analysis of Outbreak Surveillance Data.
Yuko Kumagai, Sara Moteiro Pires, Kunihiro Kubota, Hiroshi Asakura.
Journal of Food Protection, 2020 Dec;83(12):2087-2094 -
Estimating the burden of acute gastroenteritis and foodborne illness caused by Campylobacter, Salmonella, and Vibrio parahaemolyticus by using
population-based telephone survey data, Miyagi Prefecture, Japan, 2005 to 2006.
Kubota K, Kasuga F, Iwasaki E, Inagaki S, Sakurai Y, Komatsu M, Toyofuku H, Angulo FJ, Scallan E, Morikawa K.
Journal of Food Protection, 2011 Oct;74(10):1592-8. -
The human health burden of foodborne infections caused by Campylobacter, Salmonella, and Vibrio parahaemolyticus in Miyagi Prefecture, Japan.
Kubota K, Iwasaki E, Inagaki S, Nokubo T, Sakurai Y, Komatsu M, Toyofuku H, Kasuga F, Angulo FJ, Morikawa K.
Foodborne Pathogens and Disease, 2008 Oct;5(5):641-8. - 「宮城県および全国における積極的食品由来感染症病原体サーベイランスならびに下痢症疾患の実態把握」厚生労働科学研究費補助金(食品の安全確保推進研究事業)【食品媒介感染症被害実態の推計に基づく施策評価のための研究(研究代表者 窪田邦宏)】 令和6年度分担研究報告書
-
Food-related illness and death in the United States.
Mead, P. S., L. Slutsker, V. Dietz, L. F. McCaig, J. S. Bresee, C. Shapiro, P. M. Griffin, and R. V. Tauxe.
Emerging Infectious Diseases, 5:607–625. 1999. -
食品由来疾患被害実態疫学リファレンスグループ(WHO FERG):世界保健機関(WHO)
https://www.who.int/activities/estimating-the-burden-of-foodborne-diseases -
WHO estimates of the global burden of foodborne diseases: foodborne diseases burden epidemiology reference group 2007-2015.
1 December 2015
https://www.who.int/publications/i/item/9789241565165 -
食品由来疾患被害実態疫学リファレンスグループ(WHO FERG2):世界保健機関(WHO)
WHO Foodborne Disease Burden Epidemiology Reference Group for 2021-2024
https://www.who.int/publications/i/item/9789240054783 -
Quantifying national burdens of foodborne disease—Four imperatives for global impact.
Karen H. Keddy, Sandra Hoffmann, Luria Leslie Founou, Teresa Estrada-Garcia, Tesfaye Gobena, Arie H. Havelaar, Lea Sletting Jakobsen, Kunihiro Kubota, Charlee Law, Rob Lake, Yuki Minato, Fadi Nasr Radwan Al-Natour, Sara M. Pires, Tety Rachmawati, Banchob Sripa, Paul Torgerson, Elaine Scallan Walter.
PLOS Global Public Health, 2025 April 9;5(4) -
Source attribution studies of foodborne pathogens, 2010–2023: a review and collection of estimates.
Aleksandra Davydova, Christina Fastl, Lapo Mughini-Gras, Li Bai, Kunihiro Kubota, Sandra Hoffmann, Tety Rachmawati, Sara M Pires.
Food Microbiology, Volume 131, October 2025.
