定期通信第70号は、2026年度第1回講演会の聴講録です。2名の演者の講演内容を取りまとめ、数枚のスライドを添えた内容です。各演者には内容の校正をしていただいております。
なお、今回の講演会ではパネルディスカッションにおいて、会場の音声システムに不具合が発生し、演者及び司会進行の声が会場内でも聞こえにくくなり、Live配信では無音になるというトラブルが断続的に発生しました。Live配信のデータを記録したアーカイブ配信用のデータにおいても同様に無音となっております。そのため、お寄せいただきました質問用紙から質問:Qを文書化し、回答:Aについてはできる限りの範囲で音声記録から文字起しして、各回答者に校正していただいたものを作成しました。これを、聴講録の末尾に掲載しております。
講演1:食品製造環境におけるバイオフィルムー事例・機構・制御の基礎
木村 凡
東京海洋大学名誉教授
東京海洋大学名誉教授
バイオフィルムの脅威を示す代表的な事例として、以下の2件が挙げられる。
① カナダ・リステリア食中毒事件(2008年)
② 米国・PCA社ピーナッツバター事件(2008~2009年)
カナダ・リステリア食中毒事件はカナダ最大級の食品企業で発生し24人の死者を出した史上最悪の食中毒事件である。当該工場はHACCPの最高水準を遵守し、年間3,000件以上の環境モニタリング検査を実施する極めて優秀な施設であった。しかし、機械内部の洗浄液が物理的に届かない死角にバイオフィルムが形成されていた。現場はマニュアル通りに洗浄と表面のふき取り検査を繰り返し、陰性を確認しては生産を再開していたが、根本原因であるバイオフィルムを除去することができなかった。また、リステリアは低温でも増殖することや、陽性結果が出ることの原因究明ができなかったことが食中毒事件へとつながってしまった。
米国・PCA社ピーナッツバター事件は、全米で9名が死亡、推定感染者数2万人以上 (確定報告数714名)が感染し、3,900品目以上の製品がリコールされた事件である。製品は製造過程で150~165℃の高温焙煎が行われており、加熱による殺菌に不備はなかった。さらに、ピーナッツバターは水分活性が0.35と極めて低く、微生物学の常識では菌が増殖できない環境であった。しかし、工場内では雨水の浸入、洗浄しにくい設備構造、原料区域と製品区域の分離不足などが確認されており、これらの施設・衛生管理上の不備によって加熱後の製品が再汚染されたと考えられる。また、サンプリングの問題もあった。微生物は不均質分布のため、1回の検査で陰性が出たとしても確実に汚染していないと言えないのである。
バイオフィルムに潜む菌がなぜ危険なのか。それは菌がクオラムセンシングと呼ばれる機能を用いて互いにシグナルを出し合い、遺伝子の発現を変化させるからである。危険を察知した菌は多糖類を主体として、タンパク質、DNA、脂質などが複雑に絡み合ったEPS(細胞外ポリマー)を分泌し、自身を覆う強固なバリアを形成する。
このEPS構造は次亜塩素酸や第四級アンモニウムといった一般的な殺菌剤を物理的・化学的に吸着・消費してしまうため、内部の菌には効果が及びにくい。また、バイオフィルム内部には、栄養や酸素の制限によって増殖速度や代謝活性が低下した細胞が存在し、浮遊状態の増殖菌よりも高い耐性を示す。
バイオフィルムに対しては殺菌剤の濃度を上げたり、散布回数を増やしたりするだけでは、十分な効果が得られない。必要なのはEPS構造を物理的に破壊する洗浄戦略である。
① アルカリ洗浄による有機物の分解
② 酸洗浄による無機物の除去
③ 微生物の殺菌
この3ステップの洗浄戦略がバイオフィルム除去には効果的である。優れた洗浄技術があってもバイオフィルムの居場所を特定できなければ意味がない。環境モニタリングでは工場内をゾーン1からゾーン4までに分類して検査を行う必要がある。また、検査を行うタイミングも重要であり、洗浄後だけでなくライン稼働中に環境抜き取り検査を実施することで食中毒リスクを減らすことができる。
バイオフィルムは、従来の微生物の常識が通用しない、見えない要塞である。そのため、現場の品質管理担当者には、バイオフィルムの科学的特性を正しく理解すると共に、正しい洗浄戦略と徹底した環境モニタリングの実施が求められる。
以上
講演2:食品製造環境におけるバイオフィルム評価の現状と課題
島原 義臣
東京農業大学 食品安全研究センター 受託研究員
東京農業大学 食品安全研究センター 受託研究員
本講演でのバイオフィルムの定義を「微生物が固体表面に付着し、自ら産生するEPS(細胞外高分子物質)に包埋された構造体全体」に加え、「食品製造環境の残渣や有機物、無機物を取り込みながら形成される複合体と、不可逆付着以降の複合体」としている。
1. なぜバイオフィルム評価試験を始めたか?
開発・購買・製造・販売・検査・温度管理・異物対策などの管理は一般的に実施されている。一方で、設備や環境の衛生管理は見落とされることが少なくない。しかし、設備・環境由来の汚染は重要な課題であり、特に加熱後の汚染は製品の安全性および品質に大きく影響する。
HACCP認定工場で製造された食品において発生したリステリア症の食中毒では、多くの場合、その推定原因が加熱後の二次汚染とされている。現場ではマニュアルに沿って洗浄・殺菌を実施しているにもかかわらず、同一菌株の繰り返し検出や衛生不合格の再発が報告されており、その主因としてバイオフィルムの存在が指摘されている。
通常、再発防止には幅広い知識と経験が求められるが、バイオフィルムに関する情報は不足しており、現場管理に必要な理解は十分とは言えない。バイオフィルムについて、「どのくらい放置すると形成されるのか?」、「どのような状態で形成されるのか?」、「どのくらい深刻なのか?」、「通常の洗浄殺菌方法で良いのか?」、こういった不明な点について調査や試験を通じて理解を深めてみよう、と考えた。
2. バイオフィルム評価試験に関する情報共有
現在、バイオフィルム研究が進んでいる分野としては、医学・歯学・医療機器・上水・下水処理・海洋環境などが挙げられ、これらの分野も含めて情報収集を行っている。バイオフィルム試験には「モデル試験」と「実地試験」があり、前者は条件制御性・再現性に優れ、食品分野での報告数も多い。一方、後者は現場適用性に優れている。
バイオフィルム殺菌試験の概要・影響因子について
バイオフィルム殺菌試験の一般的な流れは、まずバイオフィルムモデルを作成し、洗浄・殺菌条件を設定してテストを行い、その後に評価するというものである。それぞれの工程には影響因子が存在し、バイオフィルムモデルでは菌種・菌叢・初期菌量などが、洗浄・殺菌工程では洗浄殺菌条件や物理的条件などが因子として挙げられる。さらに、個細胞のばらつきや局所条件、手技などの偶発性も影響する。
バイオフィルム評価試験の概要
バイオフィルムモデルには、回分培養系と連続培養系があり、それぞれに長所と短所がある。回分培養系は、低コストで装置を必要とせず、多条件の同時試験が可能であるという利点を持つ。一方で、流動(フロー)がないためバイオフィルムが薄く、栄養も枯渇しやすく、立体的なフォルムの観察には向かないという制約がある。 これに対し連続培養系は、装置が必要で高コストであり、条件設定も制約が大きい。しかし、流動(フロー)があることで栄養が常に供給され、厚みのあるバイオフィルムを形成できるため、顕微鏡観察に適している。
バイオフィルムモデルの代表例として、回分培養系は、Ⓐ試験片静置法 、Ⓑマルチタイタープレート法、Ⓒカルガリーデバイス(peg-lid)法、Ⓓコロニー法、などがあり、連続培養系には、Ⓐフローセル、Ⓑ滴下フローリアクター(DFR)、ⒸCDCバイオフィルムリアクター、ⒹConstant-Depth Film Fermenter(CDFF)、ⒺModified Robbins Device(MRD)、Ⓕマイクロフローセル、などがある。
バイオフィルムの評価法
バイオフィルムの評価には、①菌数、②EPS(バイオマス)、③構造観察、④代謝活性指標、⑤遺伝子発現、⑥表面化学分析などがあるが、それぞれの方法は単体では「生菌数・バイオマス量・バイオフィルム構造」のすべてを見ることはできないため、論文では複数の方法を組み合わせて評価することが一般的となっている。
バイオフィルム評価試験に与える影響因子
バイオフィルムは、菌体とEPS(細胞外高分子物質)が単純に凝集した塊であるが、複雑な立体構造を形成しており、その構成も不均一である。内部構造としては、外縁部に好気性細菌が、中心部には嫌気性細菌が局在するなど、多菌種から成ることが知られている。また、局所環境への適応、突然変異、確率的な遺伝子発現などにより、バイオフィルム内部では遺伝子発現の多様性が生じている。
バイオフィルム評価試験まとめ
目的や試験室の制約に応じて、適切なモデルや評価法を選択する必要がる。また、結果にばらつきが生じやすいことに加え、解釈には統計的・多視点的評価が必要になる。
3. バイオフィルムモデルを用いた評価事例
● Listeria monocytogenesの事例を中心に、国際論文を実際に検証した結果、概ね論文通りの結果が得られた。多菌種バイオフィルムは、単菌種バイオフィルムよりも殺菌効果が低い、またバイオフィルム形成を促進する菌の存在、逆に阻害する菌の存在、遺伝子の水平伝播や発現の変化など、バイオフィルムの特徴は多岐にわたる。
● バイオフィルムの洗浄殺菌について、表面の素材によって殺菌効果が異なる場合もあるが、物理的な洗浄殺菌や薬剤単体による殺菌には限界がある。成熟バイオフィルムの防除は「構造破壊」+「殺菌」が効果的である。
以上
パネルディスカッションの記録
今回はパネルディスカッションにおいてマイクからの音声出力が途切れるという不具合が断続的に発生してしまいました。Live配信では全くの無音状態が断続的に発生し、ご参加いただきました皆様にご迷惑をおかけしてしまいました。
ZoomのRecording機能を利用して、録画・録音行い、このデータをアーカイブ配信としてご提供しておりますので、アーカイブ配信においても無音状態が断続的に発生しております。
対策として、パネルディスカッションで取り上げた質問については、質問用紙の中から該当する質問を拾い出し、先生方に改めて回答をお願いしました。
木村凡先生の回答部分
Q 過去のリステリア事件でのリステリア・リスクの見逃しを踏まえると、拭取り場所やタイミングの他、拭取り方法も重要ではないかと考えました。スワブでは見逃されていたものが、スポンジで検出されるようになったという事例はあるのでしょうか、また陽性となった場合の判断はどのようにすればよいでしょうか?
A 細かい箇所はスワブでしかふき取れませんが、広い面積をふき取る際はスポンジの方が菌を広く拾えると思います。これはふき取り検査がふき取り面積に関係していることもあります。また、スワブでは取れなかったが、スポンジでは検出できたという研究結果も出ています。
Q 製品接触面からリステリアが検出された際のリスクについて、どのように考えれば良いのでしょうか?陽性だったときの判断に困っております。
A アメリカはゼロトレランスのため、Ready-to-Eatでは、製品の流通をストップさせることになります。EUはReady-to-Eatでも水分活性、pH、抗菌剤などであまり増殖しないケースについては、100cfuまで流通してもいいということになっています。
日本の場合も、増殖しないものは100
cfu/g以下、増殖する可能性のあるものは、不検出で管理するか、厳格な温度管理等によって消費期限内に100
cfu/g以下であることを担保する、という考え方が基本となります。(補足:日本の法定の成分規格は、対象となる非加熱食肉製品およびソフト・セミハードタイプのナチュラルチーズについて100
cfu/g以下です。
一方、厚生労働省のQ&Aでは、リステリアが増殖する可能性のある食品については、不検出での管理、または厳格な温度管理等によって消費期限内に100
cfu/g以下であることを担保するという考え方が示されています。)したがって、Ready-to-Eat食品であるか、消費期限、保存条件、増殖のしやすさなど、製品の特性を考えてケースバイケースで対応することになります。
Q リステリアを環境モニタリングの指標菌としてもよいか?また、リステリアが検出された場合は他の菌も多いのでしょうか?
A 一般生菌数は衛生環境が破綻しているところでは有効です。しかし、衛生管理が徹底され、CCPも徹底され、ゾーニングもされている、それでもReady-to-Eat食品でリステリアが検出されてしまう場合は、リステリアで検査するしかありません。
Q バイオフィルムそのもののAwはどれくらいですか?サルモネラの事例(ピーナッツ)では増殖していましたか?やはり休眠中だったのですか?
A バイオフィルム中では活発に増殖しているわけではありません。油だらけの工場ではバイオフィルム中の水分活性も低かったと考えられます。
Q リステリア以外に指標菌となるものはあるか?また、検査対象となる指標菌や腐敗菌の決め方について、ルールなどがありますか?
A リステリアのRTE食品では、基本的にListeria monocytogenes:LMを見るのが原則です。人に病原性はないが、LMより検査が簡単なリステリア属菌を検査するのも有効です。一般生菌数は工場の衛生環境を調べるものであって、リステリアの有無には関係ないため気を付けて欲しいと思います。RTE食品のリステリアを問題としているならば、LMかリステリア属菌を検査するしかありません。
Q 環境モニタリングでリステリアを検査していれば、ピーナッツバター工場の事件は防げましたか?
A ピーナッツバター、チョコレートなどの水分活性が低い製品は、微生物が絶対生えないため、サルモネラのバイオフィルムが危険視されていませんでした。そのため、低水分活性製品を扱う工場ではリステリアの検査ではなく、例外的にサルモネラのモニタリングをするべきとなっています。
Q 塩分濃度が高いものはどのように考えたらよいか?
A 10%とか15%とか、塩分濃度が上がれば水分活性が低下しますから、水分活性に換算して0.9とかになれば生えにくくなります。塩分濃度の高低やターゲット菌により異なります。
Q リステリア属菌は近年分類が見直されて、29菌種程度になっているなかで、環境モニタリングでは全ての菌種を重視するのでしょうか?
A 環境モニタリングにおいて、リステリア属の各菌種を一つずつ区別して調べる必要はありません。一般的なリステリア検出培地では、β-グルコシダーゼ活性などを利用してリステリア属菌を広く検出します。まずリステリア属菌を定性的に検出し、必要に応じてL. monocytogenesであるかを確認するという考え方でよいと思います。環境中の菌は損傷している可能性があるため、定量検査よりも増菌を伴う定性検査で見つけることが重要です。
Q 今後、日本でもリステリアの基準拡大等の法制定が進むことが想定されるでしょうか?
A 様々なRTE食品でリステリアの食中毒の危険性があります。リステリアは低温で増殖できて、ストレスに強いため、いろいろな環境にいるという前提になっています。規格基準等で菌株を拾っていくと同時にゲノムのデータベースなどを見つけていくことが望ましいと考えます。
Q 弁当や冷凍鮨の製造工場ですが、バイオフィルムを見つけるという目的で環境の拭取りを実施したいと思います。この場合、衛生指標菌とリステリア属菌のどちらが良いのでしょうか?
A 弁当はRTEに該当します。冷凍鮨も解凍してRTEに該当します。環境モニタリングではリステリア属菌を見る方がよいでしょう。衛生指標菌は目的が異なり、全体の衛生管理の確認のためのものです。
Q 酸洗浄で金属イオンの架橋構造を外したとのことですが、金属イオンがあるとバイオフィルムを形成し易いのですか?アルミもバイオフィルムを作り易いですか?
A 一般論で金属イオンがというよりも、バイオフィルムを破壊しないとならないので、アルカリ洗剤で架橋を外して、次に酸で金属イオンを外したということです。金属イオンがあるとバイオフィルムを形成し易いという説明をしたつもりではありません。ただ、そうしたものがあると構造物が壊れにくいので、問題となる可能性があります。
Q 拭取りのタイミングと場所が大切とのことですが補足をしていただけますか?
A 洗浄後は菌が損傷しているため検出されにくいのですが、ライン稼働中は菌がリカバリーされるため、検出し易くなります。そのため、タイミングとしてはライン稼働中が望ましいといえます。
最後のコメント
いただいた質問の多くが、バイオフィルムそのものよりも、環境モニタリングの戦略と、食品の工程管理に用いる衛生指標菌の整理に関するものであったかと思います。RTE食品におけるリステリアを対象として、製造環境や設備を拭き取り検査するのがEnvironmental Monitoring Program(EMP)であり、一部の食品業界ではサルモネラも環境モニタリングの対象となります。
一方、食品の工程管理では、原料、工程中の食品、中間製品、製造後の食品などを対象として、日本では一般生菌数や大腸菌群、国際的には大腸菌、腸内細菌科菌群、黄色ブドウ球菌などが用いられます。環境の拭き取り検査と食品の工程管理検査は目的と対象が異なります。そのあたりの整理が難しいので、私のブログをご覧いただき、分からない点は遠慮なくメールでお尋ねください。
島原義臣先生の回答部分
Q 黄色ブドウ球菌と他の菌が混ざると、なぜバイオフィルムが強く形成されるのですか?
A 明確に確立された単一のメカニズムはありませんが、いくつかの要因が複合していると考えられます。第一に、菌種間のシグナル伝達(クオラムセンシング等)を介して、いずれかの菌がマトリクス産生を促進される可能性があります。第二に、菌体同士の物理的接触や共凝集そのものが形成を促すとの報告もあります。第三に、栄養や殺菌ストレスなどの厳しい環境下で、代謝的な相補(クロスフィーディング)による協調関係が生じる場合や、逆に他菌との競合の中で細胞外マトリクスの産生が亢進する場合も想定されます。いずれも菌種の組み合わせや条件に依存すると理解しています。
Q バイオフィルム中に閉じこもっている菌は休眠しているような状態で、通常の培地に接種した際には、増殖開始も遅れてくるのでしょうか、それがリステリアやサルモネラで、回復培養や増菌培養が必要な理由と考えて良いのでしょうか?
A この点について私自身は系統的な検討をしておらず、直接の文献も承知していません。一般論として、バイオフィルム中の細菌は栄養枯渇や酸素欠乏などの環境ストレスを受けた結果、休眠ないし代謝が低下した状態であることがあり、それらの菌がラグタイムを長くとる、あるいは通常条件で発育しにくいことは起こり得ると思います。ただし、私が作製したバイオフィルムを剥離・回収して培養した範囲では、発育開始の遅延が実験の結果に影響するような現象は今のところ観察されていません。回復培養・増菌培養が必要となる理由と直接結びつけられるかは、別途の検証が必要と考えますが、1つの要因とはなり得ると考えます。
Q 環境検査におけるスワブやスポンジの使い方について教えて下さい。含浸液も中和剤入りの方が好ましいのでしょうか、スポンジからの菌の回収率に対する人為的な差も気にしています。
A スポンジメーカーの説明では、拭き取り面に残存する殺菌成分の影響を打ち消すため、中和剤入りの含浸液の方が検出率は高くなるとされています。実務的な経験としては、靴底のしわのような凹凸のある狭い部位ではスワブで陽性・スポンジで陰性となる例がありました。一方、平滑な広い面がふき取り対象の場合、その逆の結果が得られた例がありました。中和剤の有無も影響因子だとは思いますが、このように対象物の形に応じた選択も必要と考えます。まずはふき取りを実施して傾向を把握し、仮に陰性の結果しか出ないようだったら、ふき取り場所の変更や中和剤入りのスポンジキット等を試してみてはいかがでしょうか。
Q バイオフィルムの洗浄・殺菌に関するデータ紹介①のスライドについて、ステンレス片のステンレススチールの番号と表面の凹凸を教えて下さい。洗浄を繰り返したのか、新品なのか?また、ポリプロピレン片はCPP、OPPなどのフィルムですか、あるいは硬質のものですか、教えて下さい。
A ご質問の件については、原著(https://doi.org/10.3390/antibiotics10080931)をご確認いただけたらと思います。
Q バイオフィルムを形成する菌にはどのような菌種があるのでしょうか?また、生育環境ストレスによって、全ての菌に形成する可能性があるのでしょうか?
A 全ての菌がバイオフィルムを形成するとは言いきれませんが、コロニーを形成する細菌の多くは、バイオフィルムを形成し得ると考えてよく、特定の限られた菌種に限る現象ではないと考えています。
Q バイオフィルムには、芽胞菌の芽胞も存在していると考えて良いのでしょうか?特に、高温配管内のギャップには高温でトレーニングされた芽胞がいると考えても良いのでしょうか?
A 芽胞形成菌もバイオフィルムを形成し、その中に芽胞が含まれ得ると考えています。特に高温にさらされる配管環境では、栄養細胞は死滅し、耐熱性の高い芽胞形成菌が選択的に残存する可能性が高いと考えられます。
Q 今日は付着していることが前提に思うが、付着の阻止については研究されているのか?
A 付着阻止やバイオフィルム形成抑制に関する研究は、抗バイオフィルム材料、表面加工、クオラムセンシング阻害など、複数の観点から行われています。素材の抗バイオフィルム性能、すなわち非多孔質表面におけるバイオフィルム形成抑制性能を評価する試験方法としてISO 4768が整備されています。これはクリスタルバイオレット法により加工品・未加工品のバイオフィルム量を比較し、抗バイオフィルム活性値を算出するものです。また、菌体間シグナルを阻害するクオラムセンシング阻害剤など、付着・形成そのものを抑制するアプローチの研究もあります。
Q スライドのバイオフィルム系生菌の検出について、アンプリコン・シーケンス解析後にクリスタルバイオレットを実施する場合、分離培養を実施する際にはどのように設定しているのでしょうか?
A 排水系などの環境由来菌は低温環境に長く適応しているため、高温で培養すると発育してこないものが多く、30℃程度でも生育しない菌が見られます。このため、低温・長時間培養を基本としています。栄養が濃い培地ではかえってバイオフィルムを作りにくい菌がある点にも留意しています。
Q バイオフィルムを形成し易い微生物種や多菌種共存でよく見られる種類がありましたら、教えて下さい。
A 一概に代表種を挙げるのは難しいのですが、強いて言えば、食品工場環境ではシュードモナス属菌が比較的よく研究され、検出頻度も高い菌群として知られています。
Q バイオフィルムは多くの微生物の塊なので、分離培養すると多くの微生物が分離されると思います。どの微生物を優先して同定すれば良いのでしょうか?その基準はありますか?また、食中毒菌が混在しているか否かをコロニー性状から選択することは可能なのでしょうか?
A 同定の優先順位を一律に決める明確な基準は、現時点では持ち合わせていません。「鍵となる菌種が存在する」とする文献は多いものの、その菌種は場所や環境によって多岐にわたり一定しません。食品工場ではシュードモナス属が多く見られる印象があります。なお、食中毒菌の混在有無をコロニー性状(見た目)のみから判別することは基本的に困難であり、選択培地や確認試験を組み合わせて判定する必要があります。
最後のコメント
本日はバイオフィルムという切り口でお話ししましたが、聴講された皆さまの多くは、現場のバイオフィルム問題を解決するための具体的なヒントを求めておられたのではないかと思います。しかし講演の内容はどうしても一般論にとどまり、モヤモヤした思いを残してしまったかもしれません。対象や環境によって答えが大きく変わるバイオフィルムという現象の性質上、致し方ない面もあります。それでも、バイオフィルムに関する知識や「感覚」を持っておくことは、日々の検査結果を読み解き、次の一手を考えるうえでの手がかりになると考えています。
具体的な悩みについては、正直に申し上げれば、私自身も悩みながら取り組んでいるのが実情です。バイオフィルムを食品業界に共通する非競争分野の課題として、皆さまと協力してできることがあれば是非協力させていただきたいと考えています。お気軽にお声がけいただけますと幸いです。
以上
